第4章 死神
 
 
 荒らされていない静かな墓場を歩く四人。何も起きなければそれに越したことはないが、胸の内では犯人に出会うだろうことに気を引き締めていた。
ぼやける月がますます輝き出した頃、四人の足が止まった。
 
「もしかしていないんじゃねぇの?」
 息を吐き、周りを見回しながらみんなに訊ねた。周りを見渡してもあるのは墓ばかり。できれば早く帰りたい。
「まぁ、早く帰りたいのは分かるけど。もう少し行ってみようよ」
 肩をすくめながら焔をなだめる。帰りたい気持ちはよく分かるが、まだ墓場は全部ではない。帰るのは全部見て回ってからだ。
「……そうだな」
 息を吐き、気持ちを落ち着かせる。
「じゃ、行こう」
 今度は君が先頭を歩くことに。その後ろに焔が歩き、しんがりは死人使いの紫乃絵である。
 
「………」
 突然、紫乃絵が足を止めた。
「どうしたの?」
 気づいた緑樹が足を止め、彼に訊ねた。前を歩く二人も足を止め、紫乃絵の方を見ている。
「……ここで間違いが無かったようだ」
 そう言うなり彼は袖から白い粉の入った小瓶を取り出し、手の平に載せて瓶を片付けてから粉に息を吹きかけた。粉は宙を舞って姿を変えた。骨だけの人々が幾人も生まれる。
 緑樹や焔の顔が賢人から呪術師の顔に変わる。君の顔にも緊張が走る。
「すごいなぁ」
 君は思わず声を上げた。
 周りの墓という墓から死臭を纏った骸達が姿を現す。肉が削ぎ落ちた骸、骨ばかりの骸、風化にさらされていない骸。様々な死人が四人を囲む。
「……予想以上だな」
 焔は死人達を見ながらぼそりと呟いた。緑樹達から話を聞いて死人と戦うことになるだろうことは予想していたが、これほどまでに不気味な相手だとは思っていなかった。
「……犯人が現れたみたいだよ」
 君の視線の先にはゆっくりと歩いて来る少年がいた。
 13歳ぐらいの白い顔に肩まである髪は後ろで一つに束ね青を基調とした遠い人の国独特の格好をした少年だった。
「また邪魔しに、今度は人数が多いし」
 四人の中に緑樹と紫乃絵の姿を発見してげんなりと言った。
「今回は聞かせてもうらよ。どうしてこんなことをするのか? 名前もね」
 囲まれているというのに理由はともかく名前を訊ねる呑気者の緑樹。
「名前なんか名乗る必要はないと思うよ。そちらも名乗ってないのにどうして名乗る必要があるのかな」
 至極当然のことを口にする。
「……確かに」
 言われて考え込む緑樹。よくよく考えると自分達も名乗っていないことに気づく。
 そこで彼が取った行動は突拍子もないものだった。
「僕は賢者の緑樹でこっちは焔の大賢者に大賢者の君と死人使いの紫乃絵。名乗ったよ。さぁ、教えてもらおうかな」
 少年の言葉を正論と取った緑樹は名乗り、君達も紹介し、これでいいだろうと言わんばかりの満足な顔で改めて少年の名前を訊ねる。
「この馬鹿は」
 額に手を当てて呆れ気味のため息を洩らす。
「緑樹らしいけど」
 口元に笑みを浮かべながら緑樹と焔の様子を見る君。何となくこうなることは予想していたようだ。
「……死神と呼んでくれていいけど。目的は前に話したから必要ないと思うけど。ここにいるのは目的を果たすのに必要だからね」
 息を吐き、仕方なく名乗った。今回ようやく遠い人の国の二人は名前を知ることができた。
「情報を得るためか。神化の情報は極端に少ない」
 紫乃絵は死神が何を求めているのかを知っているが、どこでそれを手に入れようとしているのかを知ろうとさらに言葉を続けた。
「そこまで答える必要は無いよ。手に入れる物はそこそこ手に入れたし、もう行くよ。あとはゆっくりと遊んでいてよ」
 さすがに名前以上のことは口にはしなかった。目的を果たした彼はこの場を死人達に任せて去って行った。
「ちょっと!!」
 追いかけようとした緑樹だが、死人達に道を阻まれ、戦うことに。
「うわっ、こりゃすげぇな」
 呪術を使ったり襲って来る死人達に驚く。今まで呪術師としていろんなことをしてきたが、動く死人を相手に呪術を使うとは思ってもいないかった。
「あぁ、またこれか」
 見たことのある光景にうんざりしつつも呪術は冴え渡る。
「……」
 紫乃絵は黙々と自分の兵を操って死神の兵を倒していく。
 みんながみんなそれぞれの技術で死人達を相手にしていた。
 とにかく必死だったので去ったのが死神以外にいたことに気づかなかった。
 
 墓場を去り、月の光の中静かな夜道を歩く死神。道行く人はおらず、誰も彼が何者なのか不審に思う者はいない。
「さてとこれだけあれば情報の一つぐらい手に入れられるかな」
 ふたぎりぎりまで入っている白い粉、粉末にした骨をほくほく顔で眺めながら歩いていた。自分の求める道は困難であるが、少し道が進んだ気がして嬉しくなった。
 その嬉しい気持ちもすぐに冷めてしまった。その原因たる足音が忍び寄った。
「……?」
 すっと警戒の顔で足を止め、背後に座る闇の先を睨む。闇の中にうっすらと浮かび上がる小さな灯り。足音と共に灯りも近づいて来る。誰かがやって来る。
「そんな不吉な物で取引する相手は誰なんだい?」
 月夜に照らされて現れたのは灯りを持った大賢者の君だった。
 死人達の戦いに紛れ込んで死神を追ったのだ。彼はこの都の住人なのでいろんな道を知っているため死神に追いつくことは容易い。
「ん? 君は確か大賢者の君とか言った」
 現れた少年を見てきっちり名前を言い当てた。
「覚えたんだね。それはともかく、誰と取引をするのかな」
 あの呑気者の紹介を覚えていたとは意外だと思い、最も気になることを訊ねた。
「なぜ、それを話す必要がある?」
 死神は探る目で彼を見た。自分を追ってまで訊ねる質問。何かあるとしか思えない。警戒を強める。
「そう聞かれると困るね。確かに話す必要がないかもしれないから。情報を求めるのは神化をするのに何かが足りないからでしょう。その何かを得るために遠い人の国でもここでも墓をあばいた」
 困ったと言いながらも賢い彼は今まで得た情報で答えに近づこうとする。
「そこまで分かってるのなら僕に聞かなくてもいいと思うけど」
 今回の難敵は二人の呪術師でも死人使いでもないこの大賢者かもしれない。
「きっとただ者じゃない相手と取引をするんでしょう」
 死神の手にある小瓶を見ながら言った。その言い方は自分の出した答えが合っているのかを確かめるような感じだった。
「だとしたら?」
 虚ろな瞳が警戒の色を濃くする。
「この世界は、見えるものだけが全てじゃないから見えないものが世界を支配しているようなものだから。気をつけた方がいいよ」
 何を言うかと思ったら敵を気遣うようなことを口にするとはそれも皮肉ではなく本当に思っているという感じなのでますます分からない。
「それだけ? 君は捕まえようとはしないの?」
 拍子抜けした死神は思わず訊ねてしまった。
「そういうつもりはないよ。ただ、僕は聞きたかっただけ。どういうつもりなのかを」
 大賢者としての思いだけで彼を追ったのだ。興味ではなくこれからのことのために。
「……求めているからだよ。それが何かは分からない。神化は僕にとって求める何かがある。人は何かを求めるものだよ。心を同じにする者とかおいしい食べ物とか力とか」
 君の真摯な目に思わず誰にも語らなかったことをこぼしてしまった。
「確かにね。だから、君を捕まえても無駄だと思うんだよ。捕まえてもすぐに逃げるだろうし」
 じっとやるべきことを据えた虚ろな瞳を見つめる。こういう者は拘束しても無駄である。進むべき道の方が歩む者を求めるからだ。良きも悪きも。
「その通り。だから、僕は行くよ。その前に君に聞くよ。君は何者かを」
 うなずき、今度は死神が訊ねた。自分の口をここまで喋らせるとはただ者ではないと。
「僕はただの大賢者の君と呼ばれる者だよ」
 君はにっこりと言った。まるで明らかにできない多くのことを隠すかのように。いくらこの都を把握していてもこんなにうまく死神を追いかけて会うことができるとは普通では考えられない。普通でなければできるだろうが。
「それが確かだったらね。この世界は全てが見える通りじゃないからね」
 死神は皮肉を混ぜた言葉を口にした。君の言葉をそのまま信じるわけがない。
「だとしても話す必要はないよ。君も同じじゃない」
 じっと白い顔を見つめた。言葉は穏やかだが瞳の奥は笑っていない。
「かもしれない。それじゃ、本当に行くよ」
 死神も深くは聞かない。互いに明かすことができないものを抱えている。それがどういうものかは人それぞれだが。
 死神は闇に消え、残されたのは灯りを持った君だけだった。
「さぁ、みんなの所に戻らないと」
しばらく死神が消えた闇を見つめた後、友人達の元に向かった。
 もしかしたら心配しているかもしれない。 
 
 にぎやかな墓場が再び静かになった頃、ようやく四人に周りを見渡す余裕が出てきた。
「おい、君がいねぇ。あいつどこに行ったんだ!?」
 一番に異変に気付いたのは焔だった。
「本当だ。いつの間にいなくなったんだろう」
 緑樹は焔の言葉でようやくそのことに気付く。
 紫乃絵は黙々と死神が起こした死人達を墓場へ導き、呪いをかけて何もなかったかのように元に戻していく。
「追いかけたのかも」
 紫乃絵の作業を眺めながら呑気に言った。
「とりあえず、ここから出ようぜ」
 紫乃絵の作業が終わりなり、焔が真っ先に言った。
「そうだね」
 緑樹も墓場に長居をしたくないのでうなずいた。
 三人はゆっくりと墓場を出て歩き出した。
 
「しかし、どこに行ったんだ」
 月夜の輝く夜道を歩きながらいまだに遭遇しない君のことをぼやく。
「帰ったかもしれないね」
 横を歩く緑樹は呑気に言う。先ほどまで大変なことがあったというのにあまりにものんびりしている。紫乃絵は相変わらず黙って歩いている。
「ねぇ、あれじゃない?」
 緑樹がふと指を指した先に小さな灯りが揺らめいていた。
「……みんな」
 灯りと共に闇から姿を現したのは君だった。三人の顔を見てほっと安心しているようだった。
「お前、どこに行ってたんだ? 死神を追ってたんだろ」
 はっきりと君に訊ねる。
「いつの間にかいなかったしね」
 肩をすくめる緑樹。
「そうだよ。まぁ、その話は明日にしようよ」
 隠しても仕方がないので答えたが、今話すには少し長くなるかもしれない。
 休んでからの方がみんなにとってもいい。
「それもそうだね。少し休みたいし」
 息を吐き、君の提案を受けた。死人を相手に随分戦ったので正直休みたい。
「しょうがねぇな。また後でお前の家に行くか」
 今すぐに知りたいところだが、疲れてはいるので体を休めて頭の回転をよくしてからの方がいい。焔は自宅に戻るため別れた。
「じゃ、僕らも帰ろうか」
「そうだな」
 焔を見送ってから緑樹と紫乃絵も動き出した。
「さてと」
 みんなが行ってしまってからゆっくりと君も帰った。
 
 しばらくすれば、月の輝きは薄れ、太陽が大地を照らす。
 その光は通りや家に人々、そして亡き人々が眠る墓場さえも平等に照らすだろう。