第3章 協力者
 
 
 緑樹が二人の大賢者と話してから三日後。依然、状況は変わっておらず、ひどくなるばかりだ。この日、賢人の華の都に一人の遠い人の国からの訪問者がやって来た。
 ある一通の手紙に導かれて。
 
 数日間の長い船旅を終え、旅人は地に降りた。
 足取りはふらつき、体が傾いている。
 何とかそれを立て直し、目深に被っているフードを上げる。
「……何とか着いたか」
 青年は疲れの滲み出た呟きを洩らす。
 年齢は18歳ぐらい。髪を頭の上で束ね、結び目に青と紫のグラデーションが美しい紫陽花のような花を飾っていた。特徴的なのは生気のない青白い肌である。
 遠い人の国からの旅をようやく終えて今、手紙の差出人である知人の所へ向かうべく行動しているところだった。おぼつかない足はにぎやかな通りへ向かった。
 
「あぁ、どうなるんだろうなぁ。それにしても手紙はどうなったのかなぁ」
 ぶらぶらと緑樹はにぎやかと言ってもいつもほどではない通りを歩いていた。
 事件は何も進展せず、死体が消えるばかり。頼みの手紙もどうなったのか分からない。本当にもやもやするばかりだ。
「……ん?」
 彼は何か気になるものを発見したのか足を止め、目を細めて前を見る。
 目に入ったのはマントを纏った青年だった。知った顔でこんな所にいるとは思えない人物だった。
「……紫乃絵」
 緑樹は呟いた後、その人物の元へ駆けて行った。
 
「紫乃絵!!」
 後ろから知った声がして青年はゆっくり振り返った。
 そこには目的の青年がいた。
「……緑樹か」
 いつもの生気のない声で知人の名を呼んだ。
「うん、久しぶりだね。それよりどうしてここに? 手紙は読んだ?」
 質問をたたみかける。
「手紙は読んだ。ここに来たのは気になったからだ」
 とあっさり言った。
「そっか。君が来てくれて助かるよ! それより船旅で随分疲れているんじゃない? 休んでから話をしようか」
 気遣い気に緑樹は白い顔をした青年を見た。
「いや、それは後だ。それよりも簡単に今の状況を話してくれ」
 紫乃絵が言った。事件は待ってはくれない。急がなければならない。
「状況は悪くなってる。あの時と同じだよ」
 顔を曇らせ、状況を説明した。
「そうか。現場に行ってみようか。案内してくれ」
「分かった。でも呼び出すことになってごめんよ」
 緑樹は友人に謝った。友人が旅に向いていないことは見れば分かる。それでも来てくれて良かったと思っている。
「気にするな」
 素っ気ないが気にかけていることが窺える。口調にそんな色がなかったとしても緑樹には分かる。
「うん、ありがとう。案内するよ」
 顔が少し明るくなり、緑樹は紫乃絵を案内するべく歩き出した。
 二人は死体が消えた墓場の一つに向かった。
 
「……ここか」
 紫乃絵は案内された墓場を見回った。
 人が土を掘ったという感じではなく、中にいた何かが出てきたような感じで穴ができている。
「そうだよ」
 紫乃絵の顔色を窺ってみるが、何も分からない。
「中から死人が出てきたんだろう」
 緑樹の思った通りの言葉が返ってくる。
「でしょう。僕もそう思ったんだ」
 と答え緑樹の耳に別の人間の声が耳に入ってきた。
「やっぱりすごいな」
 と言う青年の声。
「明るい所で見るとよく分かるけど、これって中に入ってた人が出て来た感じだよ」
 と言う少年の声。
 緑樹はその二人に近付き、
「大賢者の君に焔の大賢者じゃないか!」
 と声をかけた。
「緑樹じゃねぇか」
「緑樹!」
 と二人は彼の名を呼んだ。
「で、どうしてお前がここにいるんだ?」
 と焔が訊ねる。
「ちょっとね。で、二人は?」
 自分のことをはぐらかし、訊ね返す。
「やっぱり、気になって。今度は明るい時に来てみようってことになって」
 答えたのは君だった。簡単な理由だった。
「そっか。じゃ、手を貸してくれるってことだね。うん、そりゃいい。今回はすごく大変そうだし」
 君の言葉を聞いた後、緑樹は勝手にペラペラ話し、紫乃絵の方に振り返った。
「紫乃絵!! ちょっと来てよ!」
 屈んで穴を見ているマントの青年に大声で呼びかけた。
 青年はその方向に振り向いた後、ゆっくりとした動作で立ち上がり、そっちに向かう。「……何だ?」
 やって来るなり緑樹に言った。
「紫乃絵、今回は前より大変?」
 紫乃絵の質問を無視して訊ねる。
「…そうだな。会うのはこれで二度目になる。大変なことは間違いない」
 無視されたことに気を留めることなく答えた。
「そっか。じゃ、人がいた方がいいよね。彼は大賢者の君でそっちが焔の大賢者。僕達に力を貸してくれるんだって」
 二人を紫乃絵に紹介する。余計な言葉が後ろにくっついている。
 それを焔は敏感に感じ取り、
「ちょっと待て、緑樹! いつオレ達が力を貸すって言ったんだよ!!」
 と言葉を返す。しかし、緑樹は気にしない。いつものように喚いていると感じているだけであった。
「気になるんなら力を貸してもいいと思うよ」
 カラカラと軽い笑いを立てて勝手なことを言う。確かに間違ってはいないが、納得いかないという顔をする焔。君はいつものことだと言う顔をしている。
「それはいいかもしれないけど。事情を話してくれないと」
 見知らぬ青年の方に視線を送る君。
 緑樹はその視線に気付き、
「彼は遠い人の国から来た僕の友人で紫乃絵って言うんだ。今回の事件のために来て貰ったんだ」
 紫乃絵を紹介するが、彼は愛想も何もない。
「僕は二人に協力を頼もうと思っているんだけどいいかな?」
 紫乃絵から了解を得ていないことを思い出し、改めて聞く。
「……かまわない」
 君と焔の目を見比べた後、答えた。
「そうと決まったらさっそく本題だね。ということで場所を変えなくちゃね」
「そうだな。ここで立ち話には長そうだしな」
 焔は周囲を見回す緑樹にすかさず声をかける。
「だったら僕の屋敷で話そうよ。おもてなしするよ」
 この言葉で話の場は君の屋敷となった。
 
「それでどういうことだよ?」
 カップで喉を潤した後、焔が一番に訊ねた。
「それは……」
 ちらりと隣の紫乃絵を見た後、緑樹は話を始めた。
 遠い人の国で起きた死人使いの少年の事件のこと全て話した。死人使いや神化、還り人についても詳しく話した。当然、紫乃絵の正体も含めて。
「神化をして還り人になるかぁ。死んで戻って来るってとんでもないな。確かに何かいろいろとすごくなりそうな感じはするけどよぉ。死人使いってお前の国だけのもんだったよな。死人を使役する者で」
 菓子をほおばりながら大変なことになったとため息を洩らす。
「大変だね。何も食べたり飲んだりできないなんて。だから飲み物いらないって言ったんだね」
 君は白い顔をした紫乃絵の方を見ながら言った。彼に飲み物を用意しようとしたところ紫乃絵に断られたのだ。
「それで、犯人が分かったところでどうするんだ?」
 焔が話し合いの一番の目的を口にした。これまでのことではなくこれからのことを話さないといけないのだ。
「それは当然、捕まえて話を聞かないと」
 前回の事件のことを思い出す。目的は聞いたが、事件を起こす理由を問い詰めて捕まえなければならない。今後、起こるだろう出来事は不吉以外何もないので。
「まぁ、そりゃそうだが。墓場で待ち伏せでもするのか?」
 犯人は分かってもどこにいるのかまでは分からない。ならば、事件現場になりうる場所に行くしかない。
「それが効果的だと思う。前回もそれで会えたし。今回は二人じゃないから何とかなると思う」
 前回もうまくいったので今回も会えると考え、焔と君の顔を見る。人数が多い方が彼の操る死人の相手も楽になる。
「だといいけどな。オレも呪術師として仕事をするのは久しぶりだからな」
 肩をすくめながら言う。焔も分かっている。今回必要なのは大賢者ではなく呪術師としての力であることを。元々呪術師だったが、大賢者になってから呪術を使うことが少なくなったので少しばかり心配だが、やるしかない。
「大丈夫だよ、四人もいるんだから。それで、今夜待ち伏せして名前を聞かないと」
 緑樹は菓子を頬ばりながら呑気に言った。思い出してみれば、前回聞き出したのは目的だけで少年の名前はまだ知らない。
「確かに解決は早い方がいいけど。大丈夫?」
 君は先ほどから黙っている紫乃絵の方を見た。訊ねなくても分かる。この青年がここに来るのにどれだけ体に負担をかけたのか。
「……心配はない。こちらも早く片付けたいと思っている」
 君の気遣いに気づいた彼は少年の優しい瞳に生気のない声で答えた。
「それならいいんだけど」
 まだ心配だが、これ以上言ってもだめだろうと思い何も言わなかった。
「大丈夫だよ。そういうことで今夜」
 緑樹が取り仕切って今夜の計画が練られた。
 事件を今夜で本当に終わらさなければならない。
 時間と場所を決めてからそれまでにするべきことをするためにみんな別れた。
 
 再び少年に会うための夜が訪れた。あまりにも静かな夜に、ぼやけながら輝く月。時々雲が横切っていく。何かが起きる様子さえない。
 そんな夜の下、散歩にしては楽しくもない場所に四人の人影が現れた。
 
 墓場の出入り口に四人は集まった。
「しかし、夜の墓場は嫌な感じだな」
 焔は墓の大群を見ながら、げんなりと言う。
「まぁ、墓場だからね」
 当然と言うようにお気楽に言う君。手には長時間照らすことができる不思議な力を持った秘石の灯りを持っている。
「さぁ、行こうか」
 緑樹が元気よく歩き出した。その後ろを紫乃絵、君、焔と続いた。