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第２章 ロゼリアン家へ
ハカセに出会って六日目。賢人や呪術師が多く住まっている国、地図ではクルアーノと記されている賢呪の国に建つとある屋敷やって来た。
上古の探索者ローズは古さを纏いつつも大きく立派な二階建ての屋敷の門前に立っていた。
「呪術師の家だし、管理人がいるはず。まずはその人に会わなきゃ」
門に掛けられた管理室の案内を確認しようとした時、背後から女性の声がして振り向いた。
「ロゼリアン家に御用ですか？」
２０代前半の活発そうな女性が立っていた。
「はい、鍵を露店で手に入れたので」
素直に女性の質問に答えた。
「鍵？」
訳が分からないというように眉を寄せながらローズを見た。
「はい。重要な部屋の鍵だとこの本『ロゼリアン家の家伝記』に載っていました」
ローズはスーツケースから鍵と本を取り出した。
「知ってる。まさか、見ることができるなんて。長い間の内にね、心ない人によっていろんな物が盗まれていろんなところに流れてるって聞いてたから驚いてしまって」
ローズの手にある鍵を驚いたように見た。今まで話だけの物が目の前にあることが信じられなかった。
「そうですか。あなたはここの管理人ですか？」
うなずき、改めて訊ねた。
「そうよ。私はミナス。キルスの子孫よ。代々ロゼリアン家を管理してるの」
鍵からローズの方に顔を向け、しっかりと名乗った。
「私はローズです。上古の探索者をしている大賢者です」
ここでようやく彼女も名乗った。
「それで、ここを見に来たのでしょう」
彼女が何をしに来たのか知っている。管理人として何人も見てきたので。
「はい。それとこの鍵と本を返そうと思って」
うなずき、鍵と本を管理人に差し出した。あるべき場所に返すべきだと彼女の話を聞いて思ったのだ。
「……ありがとう。とりあえず、案内するね。この鍵で開けることのできる部屋を」
鍵と本を受け取ってから上古の探索者が何をしに来たのか察した彼女は鍵をローズに見せながら答えた。
「はい、お願いします」
しっかりとうなずき、管理人について行った。
門をくぐると屋敷の様子が細かく分かる。かなりの年月を経ているというのに色褪せてはいないが、庭は草ばかりで薔薇は一つも咲いていない。ローズはそれが少し寂しく思った。
屋敷内は外見と同じように広く埃一つ落ちておらず、整っていた。通路の壁に掛かっている絵画が訪れる者の目を楽しませる。入ってすぐにある二つの階段が二階と繋がっていて左右にはいくつかの部屋と廊下があった。二人が向かったのは右の通路にある地下に続く階段だった。
「ここだよ」
ミナスが足を止めたのは地下にあるとある扉の前だった。
地下と言うわりには明るく、食料貯蔵室や倉庫など様々な部屋とおぼしきものがあった。
「ここはどんな部屋ですか？」
重々しい扉に少しの不安を抱きながら管理人に訊ねた。
「大事な部屋だよ。ロゼリアン家が最も大事にした部屋ですごい物がある部屋」
手に持っている返して貰ったばかりの鍵を鍵穴に差し込んだ。
「すごい物？」
差し込んだ鍵で扉を開けている彼女に興味の色がある声音で訊ねた。
「うん、この部屋に入って戻って来なかった人がいるとも言われてるぐらいすごい部屋」
鍵を開けたのか鍵から手を離しながらとんでもないことを軽く言う。
「それはすごいですね」
いろんなことを想像して扉の先が気になって仕方が無くなる。
「どうする？ やめる？」
管理人として訪問者の身の安全を考えるも無駄なことだった。ローズはすっかり行く気満々なのだから。
「……行ってみます。危険なことはこれまでにたくさんありましたし、これぐらい大丈夫です」
ミナスの心配を振り払い、ローズは扉を開けて中に入った。
「分かった。私はここで待ってるから」
ミナスは消えて行くローズを心配そうに見送った。
扉内は闇が重く居座り、進む道が分からない。ローズは急いで自前の秘石燃料の灯りを取り出した。
「……不気味。すごい部屋だと聞いたけど」
辺りを見回すもこの部屋の存在を示す物は何もない。それがまた不安を増長する。
しかし、歩みは止めない。彼女は上古の探索者。不安と心配の裏側に喜びと発見がいつもあることを知っている。
「助かったのは道が一本というだけね」
ひたすら歩き続けながらため息混じりに呟いた。
いくら歩いても風景は何も変わらない。
「これは」
歩き続けていた足をふと止めて辺りを見回した。
呪いの気配を感じたのだ。
「悪いものじゃないようだけど、嫌な感じがする」
呪術の専門家ではないが、ある程度は分かる。この先に待っているものは今感じた呪いと無関係では有り得ないということ、解呪はできないということを。ただ、気を引き締めて先に進むしかない。
「……これがすごい部屋という意味？」
いくらか歩いたローズの足が再び止まった。
彼女の視線の先に広がっていたのは相変わらずの闇だが、その闇の中に点々と輝きがあった。
「……これは」
一つの輝きに近づいて正体を確かめる。
正体は足元に転がる絶世の輝きを放つ石だった。
ローズは手に取り、見極めようとする。
「……宝石か秘石か」
じっと見つめるが、秘石特有の秘められた力は感じないが、それ以上の魅力をこの石から感じる。心を奪われるほどの美しさに目的さえ忘れてしまう。
「……本当にこの部屋は」
石から顔を上げて辺りをもう一度確かめる。何度確かめても風景は変わらない。
「……不思議な石がある部屋という」
まだ手に持っている石に目を向けながら、この部屋の正体を自分なりに理解しようとする。
「……本当にすごい部屋」
ローズは足を進める。自分の見解が正しいと思いながら。いつもなら少しぐらい疑うのにこの時はなぜか疑うことができなかった。
「……この先に待つのは何かしら」
しっかりと石を手にしながら歩く。
かなりの時間を歩いたせいかふと灯りが消えてしまった。
「……早く点けないと」
急いで灯りをつけようとするが、点ける前に何気なく辺りを見回した。
「……何か」
何かが違う気がした。確かに目に見えているのは輝く星々だが、何かが違う。急な闇に驚いて胸に眠る上古探索者としての勘が冴え始めたようだ。
「そう言えば」
思い出すのはハカセが自分にくれた忠告の言葉。もしかしたらあの言葉こそがこの部屋の正体なのかもしれない。ローズは目を閉じて呼吸を整えた。この部屋に満ちる呪いに心を持って行かれないように意識をしっかりする。自身に呪いをかけなくとも何とか乗り切れる。そう信じて目を開け、再び世界を見回す。
「……先に進まないと」
手に持っていた石を床に落とし、今まで以上の真剣な面持ちで先に進んだ。
「……お仲間にならずに済んだけど」
相変わらずのしっかり顔は灯りに照らされた元人間を見ていた。骨になった指の隙間から輝く石が挟まっていた。
もしかしたら自分も彼らの仲間になっていたかもしれない。そう思うとぞっとする。
「……この部屋って」
何よりも部屋の広さが気になった。扉の前に立っていた時はこれほどの広さだとは思いもしなかった。外見と中身が一致しないという世界の決め事はこの部屋にも当てはまるということなのか。
とにかくひたすら歩いて行く。それだけしか今のローズにはできない。
歩いているうちにさすがの彼女も疲れを感じ始めたのか歩く速度が落ちていた。
どこを見ても同じ風景であることが余計に疲れさせる。
「……あれは」
ローズの視線の先に古びた箱が床にあった。
「……何だろう」
少し躊躇しながらゆっくりと箱を拾い上げた。
「何か入ってるのかな」
灯りで箱を隅々まで照らし出すが、何の変哲もないただの箱。やはり、開けてみるしかないらしい。
「……開けてみよう」
意を決したローズは箱のふたに手を掛ける。鍵がかかっているかもしれないと思いながら。
「開いた」
予想と違って鍵はかかっていなかったらしくあっさりと開いた。
中に入っていた物にさらに驚いた。
「すごい綺麗。しかも秘石」
薔薇の形に加工された真紅の秘石だった。美しさだけではなく並ならぬ力を感じる。まさに宝である。
「すごく力を感じるけど、水の民の至宝？」
尋常ではない力にある特別な秘石を思い浮かべたが、はっきりとは分からず首を傾げた。
「とりあえず、ミナスさんに聞いてみよう」
ふたを閉めて箱ごと持ち帰ることにした。
帰り道は行きに比べて心なしかあっさりとしていた。
「戻りました」
扉を開けると懐かしい光の世界が待っていた。
「あ、お帰り。やっぱり帰って来ると思ったよ。早かったね、まだ二時間しか経ってないよ」
嬉しそうに戻ったローズを迎えた。
「二時間ですか。もっと時間が経ってる気がしたんですが、それより」
感覚では何時間も経っている気がしていたが、そうではなかったようだ。さすが、呪術師の部屋ということだろうか。ローズは灯りを片付けてから改めて箱の中身について訊ねた。
「うわぁ、それも持って戻って来るなんてすごい！！」
箱を見るなり手を叩いて感嘆の声を上げた。
「これは何ですか？ 水の民の至宝？」
喜ぶミナスに説明を求める。何となくすごいということは分かるが詳しいことが知りたい。
「そう思うだろうけど、違うんだ。それはただの秘石」
喜びを落ち着かせてから答えた。
「それにしては」
箱から取り出し、もう一度秘石を眺め回す。いくつも旅をして来たがこれほどまでに力を感じる秘石に出会ったのは初めてでただの秘石だということが信じられなかった。
「うん、すごい力を感じるでしょ。その秘石、持って行っていいよ。箱は管理人の私が預かるから」
嬉しそうに言ったかと思うととんでもないことをさらりと言ってローズの顔を驚かせた。
「えっ、どういうことですか？」
秘石から目を離し、ミナスに理由を求めた。
「その宝石は“ばら姫”と呼ばれてる秘石で手にした者が当主になるという物なんだよ。当主争いで血みどろ争いがたくさんあったらしいから。それを防ぐためにこの部屋を作ったんだよ。幻夜（げんや）の間と呼ばれてて家伝記には部屋があるとしか書かれず、どんな部屋なのかは載ってないし“ばら姫”のことなんか当然載ってない。秘密にしておかないと余計な厄介が舞い込んでくるかもしれないからということで載せなかったらしいの」
説明は重々しいものではなく、軽いものだった。内容はそれなりに重いのだが。
「そうですか。でも、持って行くわけには」
これほどの秘石をただの旅人である自分が持つにはあまりにも不相応にしか思えない。
「大丈夫だよ。“ばら姫”は多くの人の命を助けたり先へ進む力を貸したりしたんだよ。だから、これを持って帰ることができたということは持つべき人だということ。きっと役に立つよ」
力強く何とか持って貰おうと必死に言う。
「……そこまで言うのでしたら」
あまりの必死さに“ばら姫”を手にして箱をミナスに手渡した。
「まだ、納得できないなら返すべき時が来るまで預かるって感じでいいから」
少し納得していないローズに何とか納得してもらおうとさらに言葉をかけた。
「はい。でもこの加工は素晴らしいですね」
うなずき、秘石を隅々まで見る。やはりなかなかの物である。美しい薔薇の形を見るとますますこの一族と気があっただろうなと思えてならなかった。
「でしょう。何でも凄腕の職人が加工したという話だよ」
ずっと前に聞いた話をするも詳しいことは分かっていないらしく職人についてのは詳細は口にしなかった。
「ありがとうございます」
しっかりと秘石を握り締め、礼を言った。
「お礼はこっちが言わなきゃ。家伝記と鍵を持って来てくれたんだから」
鍵と待っている間に読んでいた家伝記を見せながらにっこりと笑った。
不埒な輩に盗まれた物が巡り巡って戻って来て“ばら姫”の所有者も連れて来た。本当にこの世の中何が起こるのか分からない。
「いえ、本当にありがとうございます。それでは」
もう一度、礼を言ってからスーツケースを握り直して歩き出した。
「うん、気をつけてね」
去って行くローズを見送った後、管理人は幻夜の間を閉めた。
上古の探索者は歴史の大家に会いに向かった。
報告と疑問を胸に携え、昼から夕方に変わりつつある道を急いだ。
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