ばら姫　第３章

　ミナスと別れて六日目の午後、上古の探索者は再び白歴にいた。

「…上古の探索者ローズじゃないですか。どうぞ中へ」

　出会った時と同じ荒れた居間。いや、もっとひどい有様となっていたが、初めて会った時ほどの驚きは持たなかった。

　彼女はもてなしを受けた後、自身に起きたことを全て話した。

「で、これが“ばら姫”よ。中から出していいから」

　ポケットから小瓶に入った例の秘石を取り出し、テーブルに置いた。小瓶は途中で調達した物である。

　小瓶から秘石を取り出して手に取って眺めた。

「そうよ。ハカセ、本当にありがとう。あなたの言葉が無かったらきっと私は生きて帰れなかった」

　心が目覚めるきっかけとなったハカセの言葉を思い出し、深く礼を言った。

「いいえ。私の言葉が無かったとしてもあなたは成すことができましたよ。あなたの道はまだ続いていますから」

　秘石を小瓶に戻してテーブルに置いてから確信に満ちた声で言い、喉を潤した。

「そんなことないよ。ところで、あなたはどうしてロゼリアン家のことを知っていたの。知っていて私に助言したのでしょう」

　礼と共に気になっていたことを訊ねた。どう考えても知っていてあんな助言をしたとしか思えない。

　ハカセは何度か見た柔和な笑みを浮かべて言葉を濁した。

　納得はできないが、これ以上訊ねても何も答えないだろうということは感じ、言葉を止めた。

「……ばら姫、あなたの好奇心は偉大な発見に導きますよ。こうしてロゼリアン家から秘石を持ち帰ったように」

　彼女の未来が見えるかのごとく言う口調も柔らかい。

　言葉の頭の親しみさに思わず訊ねてしまった。

「あなたのことですよ。“ばら姫”という素晴らしい秘石の所有者になったあなたもまた秘石以上に素晴らしい力を持っているということです。だから、親しみと尊敬を込めてということでいけないでしょうか」

　冗談も何もないただ柔らかな笑みだけを浮かべてローズに答えた。

「……確かに薔薇は好きだけど。私自身はそれほどすごくないと思うけど。むしろ」

　ハカセの思わぬ言葉に戸惑い、じっと自分を見つめるマゼンタの瞳に余計なことを口にしようとしてやめた。

「……また会いに来てくれますか、ばら姫」

　話も一段落がつき、心なしか別れが近いことを感じたハカセは言葉をかけた。この出会いを今回だけのものにはしたくなかった。その思いはローズも同じだった。

　ローズは秘石の入った小瓶をポケットに片付けてから別れを言った。

　昼になりつつある空を見上げて呟く。多くの出会いがあるから今までずっと旅を続けて来た。同じように別れもあるのだが。それでも彼女にとっての旅は何にも代え難いものであるのは確かだ。

　そして、ローズは進むべき道に顔を戻してゆっくりと歩き出した。

　この後、彼女は何度もハカセに会いに行き、充実した時間を過ごすこととなる。

　手に入れた“ばら姫”が後に出会う貴重な出会いと関係があるとはこの時は何も知らなかった。