第5章 鏡の救い
 
 
 愉快な賢人達とひとときの再会を楽しんだ後、大事な用事のために呪術師達の都を訪れた。賢人の華の都を出発して三日後の午後に目的の場所に辿り着いていた。
 
「大変なことが起きたというのに変わりないみたい」
 ローズは通りを歩きながら行き交う人々の様子を眺めていた。
 事件のことを君達から聞いて知っているが、様子は以前と変化がない。
「そんなことより鏡を何とかしないと」
 スーツケースの方に目を向けてからゆっくりと歩き始めた。歩いているうちに思いがけない出会いをもたらした公園に通りかかった。
「ここで出会って」
 足を止めて公園の方に向くなり、まっすぐ目的地に向かっていたはずの足が公園へ行ってしまった。あの出会いが少し感慨深くなってしまったのだ。
 
「ふぅ、少し一休み」
 ベンチに座り、午後の陽光に輝きながしぶきを上げている噴水を眺める。
 そんな時だった。偶然の再会が起きたのは。
「あらぁ、ローズじゃなくて」
 甘い声が横からして思わずローズは振り向いた。
「魔女!」
 目的の人物がそこに立っていた。
「偶然ねぇ、元気だったかしら」
 外見はローズと同じぐらいの姿。ピンク色でフリルがたくさんついた可愛らしい服装に小悪魔な笑みを浮かべている少女。
「えぇ、元気。今日は用事があってここに来たの」
 以前と同じ場所で二度目の偶然が起きるとは予想もしなかったが、再会は嬉しかった。
「そう、その用事というのはその中にある物かしら」
 ちろりと地面に置かれているスーツケースの方に視線を向けた。
「さすがね。その通りだけど。頼める?」
 ローズも同じようにスーツケースの方に目を向けながら答えた。
「それはできなくてよ。あたしは解呪は嫌いなの。別の人に頼んでちょうだいな」
 肩をすくめながら可愛らしく言うが、内容は呪術師として疑問を抱かせるものだ。
「そうねぇ。以前、約束したこと覚えてるかしら」
 答えるなりふと何かいいことを思い出したようにローズにいつかした約束のことを持ち出した。
「えぇ、とっておきの人に会わせてくれると」
 たくさんの旅と時間が過ぎたが、きっちりと覚えていた。
「そうよ。どうかしら、今から会いに行かないかしら」
 小悪魔な笑みを浮かべながら訊ねた。
「えぇ。もしかして、その人は偉大な呪術師と呼ばれている人?」
 何となく予想ができ、思わず確かめてみる。
「そうよ。知ってるのかしら」
 少し驚いたようにローズの顔を見た。
「いいえ、会ったことはないけど。私の知り合いが会ってる。あなたにも」
 少し悪戯っ子のような笑みを浮かべながら答えた。
「……?」
 思い当たらないのか不思議そうな顔で答えを求めるようにローズを見た。
「あなた達に手紙を渡すように頼まれたの。賢人の都にいるにぎやかな二人にね」
 あのにぎやかな二人の大賢者を思い出しながら言った。元気にしているだろうか。
「あら、知り合いだったの」
「旅の途中でね」
 ようやく思い当たった魔女はあまりの奇縁に驚いた。出会いは巡り巡って様々なものをもたらすものだとローズは改めて実感した。
「それならますます彼に会わせなきゃね」
 魔女は嬉しそうに言い、ローズと共に医大内呪術師の屋敷に向かった。
 
 二人が辿り着いたのはなかなか立派な屋敷だった。
「ここよ」
 魔女は行き慣れた様子で玄関のチャイムを鳴らした。
 しばらくして扉が開き、主が姿を現した。
「どなたですか?」
 現れたのはローズと同い年の外見をした少年だった。腰まで伸びた黒髪は艶を帯び、整った顔立ちに鋭い漆黒の瞳にゆったりとした服装をしていた。
「ご機嫌よう、偉大な呪術師」
「あなたですか。今日はどうしたんですか?」
 いつものように挨拶をする魔女に対して偉大な呪術師は不機嫌な顔で彼女を見た。
 また厄介事を持って来たのかと表情が如実に語っている。
「ご機嫌斜めねぇ、せっかくお客を連れて来たというのに」
 理由は聞かなくても分かっているので意に介することなく、ローズのことに話を向けた。
「お客?」
 来たのが魔女だけではないことに気づき、もう一人の訪問者の方に注意を向けた。
「初めまして、私はローズ。上古の探索者で大賢者をしている者です。そして、大賢者の君達の知り合いです」
 ローズは改めて名乗った。
「彼らの知り合いですか」
 驚いたように目の前の少女を見た。彼もまた巡り合わせに驚いているようであった。
「えぇ、彼らに手紙を頼まれて」
 うなずき、大事な用件を伝えた。
「そうですか。どうぞ中へ」
「はい、お邪魔します」
 偉大な呪術師に招かれ、屋敷に入った。
「お邪魔するわ」
 当然、魔女も中に入る。
「あなたも中に入るんですか」
 魔女が入るなり、あからさまに嫌そうな顔で棘のある言葉を投げつける。
「いいじゃなくて、あたしだって彼らとは知り合いですもの」
「はいはい」
 いつものことなので気にせずに図々しく中に入る魔女に呆れつつも強い態度で追い返しはしない偉大な呪術師。
 とにもかくにも二人の客人は居間に案内された。
 
「これが手紙です。中には賢人の都で起きた事件のことが書かれています」
 もてなしを受けてすぐにローズはスーツケースから一通の手紙を取り出し、偉大な呪術師に渡した。
「ありがとうございます」
 受け取るなりすぐに封筒を開けて、手紙を読み始めた。
 手紙には死人使いの事件が細かく書かれてあり、最後は大丈夫なのかと呪術師二人を心配する言葉で結ばれていた。
「……大変ですね」
 手紙を読み終わり、テーブルに置きながら一言感想を口にした。
 魔女が手紙を取ってさらりと読む。
「あらまぁ、愉快そうな事件ねぇ」
 彼女の感想は不届きなものだったが、ローズは軽蔑などは抱かず、この人らしいと思った。
「それで、あなたがこの都に立ち寄ったのはそれだけではないのでしょう」
 魔女と同じく実力者の彼も鏡のことを見抜いているようだ。この都に来た意味は大いにあったようだ。
「さすがです。実は」
 急いでスーツケースから布に包まれた手鏡を取り出し、テーブルに置いた。
「この手鏡の呪いを解いてほしくて。レリック家の鏡のことはご存じですか?」
 事情を話す前に知っているかを訊ねた。多くの呪術師はレリック家の鏡の存在をよく知り、呪いの凄さを改めて確認しているのだ。
「えぇ、知っています。あの鏡がこれですか」
 多くの呪術師と同じように彼も知っていたが、恐れや感心はなく興味に満ちた目を鏡に向けていた。
「そうです。最近、この鏡の犠牲者が出たと聞きました。犠牲者は秘石使いで命は助かったと。ただ、ずっと意識が戻らないそうです。もしこの鏡を解呪すれば」
 管理人から聞いた最近の犠牲者である秘石使いのことを話した。
「目覚めるかもしれないと? それは分かりません。しかし、この鏡の呪いで死ぬことがなかったということは呪いを防いだということでしょうが、目覚めないのは呪いの影響が多少なりともあるということでしょう」
 ローズの言葉に明確に答えることはできないが、希望を持たせることはできる。
「そうですか。話によれば仲間がいるようなことなので大丈夫だとは思います。とにかくこれ以上犠牲者が出ないうちに鏡を解呪してもらえませんか」
 彼の言葉通りどうなるかは分からないが、解呪が必須であることには変わりはない。
「えぇ、力を貸しますよ」
 そう言って鏡を手に取り、布を取り払う。
「頑張ってちょうだいな」
 魔女は呑気に眺めている。
 偉大な呪術師はゆっくりと鏡面に手を触れ、静かに目を閉じる。意識を集中し、呪いを解くことだけを頭に浮かべる。鏡からゆっくりと呪いが消えていく。
「これで大丈夫です」
 脅威が去った鏡をローズに渡す。
 鏡を受け取ったローズはまじまじと鏡を見つめ、呪いが消えたことを確認する。
「ありがとうございます。助かりました」
 心の底から礼を言い、役目を終えた布で鏡を包んでスーツケースに片付けた。
「いえ、役に立てて幸いです」
 淡い笑みでローズの言葉に応えた。魔女と違って彼は呪術で人の役に立つことを喜びとしている。それが普通なのだが。
「よかったわねぇ」
 相変わらずの他人事並の呑気さを見せる魔女。彼女が自分事と捉えるのは呪いをかける時だけだ。
「それじゃ、また」
 立ち上がり、別れの挨拶をして部屋を出た。
「お元気で」
「またねぇ」
 二人の呪術師はそれぞれの言葉で彼女を見送った。
 
 上古の探索者は鏡を収めるべき場所に向かった。