第6章 伝えるべきこと
 
 
 解呪された鏡をレリック家に収めた。管理人はとても驚いてはいたが、ローズに礼を言った。その後、上古の探索者は白歴、アリアノールと地図に記されている歴史家の都に向かった。そこで意外な事実を知ることとなるとは思いもしなかっただろう。
 
「いるといいんだけど」
 午前の爽やかな空気の中、ローズは白壁の屋敷のチャイムを鳴らした。
 すぐに扉が開き、中から主が現れた。
「どなたですか? ばら姫」
 ハカセは嬉しそうに客を見た。
「少し会いたくなって」
 呪術師の都で新たな出会いをして七日後のこと。新たな出会いもいいが、この人に会うのが一番ほっとする。
「どうぞ」
 彼女を中に招き入れ、居間に案内した。
 
 案内された部屋は相変わらずの様子を晒していた。テーブルや椅子、床に本や書類が山のように積まれている。ローズは手慣れた手つきで座る椅子に載っている本達を床に下ろして座った。
「旅の方はどうですか?」
 もてなしの用意をしながら訊ねた。
「相変わらずの調子よ。最近はレリック家の鏡を見に行ったけど」
 置かれたカップに口をつけてから答えた。
「レリック家、ですか」
 椅子に座り、少し驚いた顔をした。
「えぇ、どうかした?」
 カップをソーサーに起きながらハカセの表情の変化が気になって訊ねた。
「いえ、偶然だと思いまして」
 口元に少し笑みを浮かべながら答えた。脳裏には最近出会った青の夢のことが浮かんでいる。
「偶然?」
 首を傾げて話を促した。
「はい。ちょうど、レリック家の犠牲になった秘石使いの夢で彼女が目覚めるのを手伝ったばかりなんですよ」
 カップを両手で包みながら、自分が出会った妙な夢のことを話した。途端にローズの顔が驚きに変わった。本当に何という偶然だろうか。
「それで秘石使いは大丈夫だったの?」
 最も気になり、ハカセが知っているだろう質問をした。
「おそらく、大丈夫だと思いますよ」
 カップを持ったままいつもの柔和な笑みを浮かべながら答えた。あの少女と別れる時の様子だとおそらく大丈夫だろうと。
「そう、良かった。さすが、ハカセね。しかも、水の民の歌を知ってるなんて。さすが歴史の大家ね」
 すっかり安心した。これで何もかも解決だ。まさか、ハカセも関わっているとは思いもしなかったが、ハカセなら有り得ることだと思った。
「いえ、たまたま知っていただけですよ。それよりあなたの方もお疲れ様です。これで鏡の犠牲者は出なくて済みます」
 にっこりと労いの言葉を口にした。ハカセも鏡のことは気になっていたのだ。
「そう言えば、賢人の都と呪術師の都で起きた事件のことを知ってる?」
 ローズは思い出したように最近起きた事件のことを訊ねた。
「詳しくは知りませんが、出入りができなくなったりというのは聞きましたが」
 多くの人が知っていることを口にした。
「そう、私も人から聞いた話なんだけど」
 ローズは違い目の民、死人使いなど最近起きたことを事細かく話した。
「そんなことが。死人使いに違い目の民ですか」
 全ての話を聞き終えたハカセは一息入れるように喉を潤した。何か大変なことが起きていると察してはいたが、話を聞けば聞くほどますます大変だと実感する。
「えぇ、ハカセはとても巡り合わせが多いから会うかもしれないから知っておいた方がいいかもしれない」
 今回の秘石使いの件と言い、ハカセは人との巡り合わせがいいように思う。もしかしたら事件の犯人に出会うこともあるのではないかと少し危惧した。
「ありがとうございます」
「それじゃ、また会う日までお元気で」
 礼を言うハカセの笑顔を見ると危惧さえ徒労に思えた。何も心配はないと感じた。話すこともなくなり、立ち上がった。
「えぇ、あなたも」
 ローズの別れの言葉に笑みを浮かべながら答えて見送った。
 
「ふぅ、これからどうしよう」
 ハカセと別れ、午後になりつつある通りにぼんやりと立ちつくし、空を見上げたと思ったらゆっくりと歩き出した。
 
 世界にどんなことが起きようと上古の探索者の旅は続く。彼女の意志が消えるまで歩みは止まりはしない。
 
 遠くの空の下、眠り姫の目が覚め、安心と喜びに湧いている人達がいるとは誰も思いもしいてないだろう。そのことがさらなる物語を綴ることとなるとは誰も知らない。