第3章 賢人達が持つ事情
レリック家を離れて三日後、上古の探索者は本盗難事件が起きた賢人の華の都を訪れた。
本盗難の犯人が違い目の民の少年であり、呪術師の妖しの都で多くの命を犠牲にした薬の事件のことを聞いてから随分時間が経っているので何か変化が起きているかもしれない。
そう思いながら都に来たのだが、都の様子は彼女の予想と反していた。
「……変わってない」
行き交う人々はいつものように小難しい顔をして忙しくしている。
どこにも変わったところはない。いつもの昼下がりである。
「……とりあえず、彼に会いに行こう」
事情を聞き出すため知人を訪ねることにした。
ローズが向かったのは裏通りに建つそこそこ大きな屋敷だった。
「……いるといいんだけど」
久しぶりなため少しどきどきしながらチャイムを鳴らす。
チャイムを鳴らしてすぐ扉が開き、少年が現れた。
「はい」
現れた少年はローズを見るなり嬉しそうな顔になった。
「ローズ嬢!! 久しぶりだね」
「えぇ、あなたも」
お互いに再会を喜び笑顔になった。
「よかったらどうぞ。ちょうど焔も来てるし。あともう一人来てるけど」
喜びを顔に浮かべたままローズを中に招いた。
「お邪魔します」
焔との再会を楽しみにしながら屋敷の中に入った。
「誰だった?」
居間の扉が開くなり、ソファーに座ったまま焔が訊ねた。
「久しぶりのお客様だよ」
君は口元を綻ばしながら部屋に入った。
「お久しぶり、焔の大賢者」
君の後ろから笑顔の少女が現れた。
「おっ、久しぶりだな」
久しぶりの再会に焔は嬉しさを顔に広げた。
この再会の空気に入ってこれない者が一人いた。
焔の隣に座る変わった服を着た青年だった。
「……知り合い?」
来客を見て喜ぶ二人を不思議そうに見ながら訊ねた。
「あぁ、旅の手伝いをした。その時にな」
箱を持って来た時のことを思い出していた。あの時の出会いがこうして今でも続く繋がりなるとは思ってもいなかった。本当に人生は分からないものだ。
「私は……」
自分を見ている見知らぬ青年に名乗ろうとした時、余計な声が間に入った。
「それで大賢者で上古の探索者のかわいいロールパンだ」
焔が勝手にローズを紹介する。本人はいい紹介ができたと満足顔で。君は呆れて緑樹は不思議な顔をしている。当然ローズは笑えない。
「ちょっと、私はローズよ! 本当に相変わらずなんだから」
頬を少し膨らませて自ら名乗った。
「いいじゃねぇか。やっぱり、ロールパンだって」
不満げにツインテールの巻き毛を指さしながら言った。この様子が大賢者らしくない。
「もう」
怒りも続かず、ため息をついて許してしまう。何を言われても憎めないのが少しばかり悔しかったりする。
「よろしく、ローズ。僕は賢者の緑樹」
人の良い笑みを浮かべながら青年が名乗った。
「よろしく。あなた、遠い人の国の?」
改めて挨拶をしてからじっと服装が違うことが気になり訊ねた。
「うん。こっちに勉強しに来てるんだ」
うなずき、至極真面目なことを言ったが、これを台無しにするのが決まって焔である。
「よく言うぜ、遊んでばっかりのくせに」
本当に余計なことを言うのが好きらしく、口が良く動く。
「そんなこと言っていいのかな。僕のおかげで呪いが解けたんじゃなかった?」
腕を組み、得意げな顔で優位に立っていることを焔に言った。彼の言う通り、彼がいなければどうにもならなかったのだ。
「はいはい」
仕方なく口を閉じて静かになった。
「あれから何があったの?」
ソファーに座ってから改めて訊ねた。自分の知らないこと知っておくべきことを。
「実は……」
ローズに飲み物を用意して席に着いてから君が話し始めた。
呪術師の妖しの都で発見した本を緑樹が治呪を使って呪いを解き、賢人の華の都が平和になったこと、呪術師の妖しの都で呪いが支配し、多くの命が消え、都の出入りができなくなっただろうということ、その事件が呪術師達によって解決したが犯人である違い目の民を捕らえることはできず、行方が分からないこと、全てを話した。全ては昨日届いた手紙に書いていたことだ。
「その解決した呪術師から話を聞いたのでしょう」
何か思うことがあるのかローズは事件ではなく手紙の差出人について追求した。何か胸の奥で予感がする。
「そうだよ。事件が全て終わってからね。あそこは呪術師が多くて自分達で解決しようとするから事件の時は入ることができなかった。でも僕達はこっちの事件で忙しかったから」
どうして差出人を気にするのか気になりつつもローズに答えた。
「その解決した呪術師達ってもしかして魔女と偉大な呪術師でしょう?」
思い出すのはあの小悪魔な笑みを浮かべる少女のこと。解決というとんでもないことをやってのけるのは彼女ぐらいしか思い当たらない。
「おう、そうだけど。知り合いなのか?」
二人の名前は誰でも知っているが、ローズはそれとは違い本当に姿形を知っているということが語感から感じて訊ねた。
「以前、旅の途中で魔女に会ったの」
待ち望んでいた偶然の出会いを思い出した。今頃どうしているのだろうか気になる。
「へぇ、それはまたすごいな」
焔はお菓子を口に放り込みながら呑気に言う。言葉のわりには驚きが伝わらない。
「えぇ、なかなか面白い呪術師だった。ちょうど会いに行こうと思ってるの。手紙が来たということはあそこにも入れるだろうし」
喉を潤しながら彼女のことを思い出す。多くの人は恐怖を抱くだろうが、ローズは違う。自分と同じだと一つのことに夢中になっている人だと思っている。
「それより、こっちにも事件があったって」
話を元に戻した。まだ全てを聞き終えたわけではない。
「あぁ、それはなぁ。オレ達しか知らないことだけどな、死人使いがやって来たんだ」
焔がのんびりと最近起きた大変な事件のことを言った。
「死人使いって遠い人の国特有の職業よね」
信じられないと首を傾げながら聞き返した。旅人といえどもこの大陸には緑樹のように遠い人の国出身の人達はよく見るが、死人使いというのは見たことがない。
「そうだよ。その死神と名乗った死人使いがこの街の土葬用墓場から死人を盗んで行ったんだ」
緑樹が焔の話の続きをした。
「それまたどうして」
不気味な事件に眉をひそめた。死体の利用方法など当然思いつくはずもない。
「それはね、必要だからだよ。目的を達成するための取引の材料に。ここを選んだのは多分、呪術師を一番嫌ってる所だから悪さをされないための呪いを使う人が少ないからだと思うけど」
君は話し終えるとお菓子を口に入れて続きを二人に任せた。
「それでその目的はね、神化して還り人になることなんだ。死人使いが死んでまた蘇ることでね。その過程を神化、人を還り人って言うんだ。蘇った際に多くのものを手に入れることができるんだ。その不思議なことから神化とか呼ばれてるんだ」
緑樹が話を続けた。ローズはしっかり耳を傾けている。
「それで僕の知り合いの死人使いが言うには取引相手は鬼市じゃないかと。異形のものが交易をする場所で僕の国独特のものなんだ。今はそこへ行く方法を調査中かな。調査をしても異形のものじゃないから行くことはできないだろうけど」
長い話を終えた緑樹は喉を潤した。
「でも、そんな不思議な市ならこの大陸にもあると思うけど。確か……」
緑樹の話に何かを思い出したのか言葉を紡ごうとするがなかなか頭に浮かんだものが言葉にならず、濁ってしまう。
「幻の店通り。どこからともなく足音や歌声が聞こえたと思ったら不思議な店通りが現れて不思議な者達が存在してるって奴だな」
彼女が何を言いたいのか分かった焔が代わりに言葉にした。
「そう。奇憶の街と少し似てるものよね。でも資料は少ないし、鬼市とは別物?」
うなずき、難しい質問を三人にした。彼女の言う奇憶の街とは不思議さが同居している不気味と幻想の街である。
「さぁな。まぁ、発生する場所が違うから市じゃその国独特の奴が取り仕切ってんじゃねぇか。行ったことがねぇから分からねぇけど」
肩をすくめながら焔が答えた。
「確かに」
ローズはうなずき、とりあえず納得した。
「それで死神は神化の先に求めるものがあると言ってた」
君が話を締め括った。脳裏にはあの虚ろな瞳をした少年が浮かんでいる。
「……求めるものねぇ。人は何かを求めていると言うけど。それでそのことはここだけの話になってたりするの?」
死神のことが分かるような気がする。彼女もまた様々なものを求めて旅をする者だから。
「おう、当然。うるさいからな。それに奴と出会ったのは深夜だしな。他の奴らは妙な事件だとしか思っていねぇよ。まぁ、知ってるのはオレ達以外で一人だけだ。君が話したらしいからな。言うつもりもない。面倒だし」
眉を寄せて散々だという顔で焔が答えた。
「確かにそうね」
ローズも渋い顔になった。
「それでローズ嬢はこれからどこへ?」
自分達の話が終わり、ローズのことが気になって訊ねた。
「魔女に会おうと思ってる。用事がちょっとあるから」
床に置いたスーツケースの中に入っている手鏡のことを考えながら答えた。
「あ、だったら渡して貰いたい物があるんだけど」
何かを思い出したらしく、君は席を外して部屋を出た。
戻って来た彼の手には一通の手紙があった。
「これ、こっちで起きた事件について書いた手紙。もしかしたら彼らも今後関わることになるかもしれないから。この後、出そうと思ってたんだ。渡してもらえないかな」
君は手紙をテーブルに置きながら相手の屋敷の場所を教えた。
「えぇ、必ず渡す」
手紙を手に取り、にっこりと笑った。断る理由はどこにもない。
「ありがとう」
面倒な手間が省けて助かった君は礼を言った。
「それじゃ、もうそろそろ。今度、会う時もお元気で」
話すこともなくなったので別れを告げ、手紙をスーツケースに入れて再び旅に戻ることにした。
「おう、じゃぁな」
「ローズ嬢、元気で」
「また話そうね」
三人はそれぞれ別れを言葉にして彼女を見送った。
ローズが手紙を手に向かうのは多くの人が呪術師の妖しの都と呼ぶ街だった。
今回の旅の終わりと新たな出会いが待っている街へ急いだ。
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