第7章 遠い世界の歌
 
 
 多くの人々に賢人の華の都と呼ばれる都がある。公の名をラキアセルと言い、賢人と呼ばれる者が多く住んでいる。賢人には大賢者と賢者の二種類ある。大賢者は全ての事柄に精通し、超越している者がほとんどであるが、人数は賢者に比べて少ない。地位が高いといろいろと面倒だからだろう。その中には相応しくない者も何人かいる。それなのにそれを知らず高慢になり自分の持っている賢人の権力を濫用している者がいる。賢者は大賢者に比べて級が下で研究者の色が濃く、人数も多い。中には大賢者よりも賢い者もいる。しかし実際、二つの間にはそれほどはっきりとした区別はない。そして、中には呪いを扱う呪術師は忌むべきものだと嫌っている人もいるが、一応は平和な都である。
 賢人は世界に残っている遺跡や書物を研究し、何かを得ようとする者が多くいる。
 しかし、重要な言葉を秘めた遺跡や書物はことごとく歴史の闇に沈み、今世には存在していない。その中で、最もな謎を秘めているものが世界の中心と呼ばれているものであった。全ての謎の答えがあると言われている所。その存在の有無さえ怪しい。それを求めて上古の探索者は助力を得ようとある大賢者を訪ねることにした。
 
「ここね。いるといいんだけど」
 ローズは裏通りにひっそりと建っている屋敷の玄関にいた。
 ゆっくりとチャイムを鳴らす。しばらくして扉が開き、
「……誰?」
 同い年ぐらいの外見をしたおっとりとした少年が出て来た。
「私は大賢者をやっているローズ。大賢者の君に会いに来たのだけど、あなたかしら?」 じっと可愛らしい瞳が君に注がれる。
「そうだけど。用事って何? とりあえず、中に入りなよ」
 じっとローズの真剣な瞳を見た後、彼女を屋敷の中に入れた。
「お邪魔します」
 そう言って、いそいそと君について行った。
 ローズが案内された部屋はテーブルとソファーや棚など必要最低限の調度品しかないがらんとした居間だった。
 
 君はいそいそともてなしをした後、席に着く。
「それで、何の用?」
 落ち着いたところで改めて訊ねた。
「……私は上古についていろいろ探ってるんだけど」
 話を始めたその時、チャイムが鳴り響いた。
「ちょっと、ごめん」
 一言、言って君は部屋を出て行った。
 少しして、18歳ぐらいのちゃらんぽらんとした青年を連れて来た。
「この方は誰?」
 ローズは青年を上から下に遠慮無く目を注いでから君に訊ねた。
「彼は、焔(ほのお)の大賢者」
 青年を紹介する。青年は少女に近づき、
「オレは焔の大賢者と呼ばれてる」
 そう言って少女をじっと眺める。
 少女は立ち上がり、名乗ろうとするが、焔の声に邪魔された。
「そうか! どっかで見たことあると思ったら、パン屋で売ってるロールパンだ!」
 ローズのくくられた髪を指差しながら、叫んだ。
 それを聞いたローズはカチンと頭にきたのか不機嫌な声で
「誰がロールパンよ! 私の名前はローズよ!」
 言い返すが、焔は全然耳に入れていない。
「でも、ロールパンだろ、それ。じゃあ、かわいいロールパンっていうのはどうだ?」  そんなことを言う始末。
「同じじゃない!!」
 ローズは先ほどよりもいっそう不機嫌な声で言う。
「……まあまあ。ここまでにして、本題に入ろうよ」
 二人の間に入り、止める君。その顔は楽しそうであった。
「そうね」
 ローズは引き下がり、腰を下ろした。
 焔も君の隣りに座る。
「それでどのような用で?」
 本題に入る。
「私は遺跡などを駆け巡る上古の探索者。今は世界の中心を求めているの」
 まずは旅の目的を二人に話した。
「世界の中心ねぇ。あれは架空じゃないのか?」
「これはまたすごい」
 と二人は、口々に意見を言う。
「私は架空じゃないと思ってる。だから求めてるのよ。それで、私は時の山で手掛かりを手に入れたのよ」
 と言ってスーツケースから小さな四角の箱を取り出し、テーブルに置いた。
「これは見た通りの箱よ。いくつもある箱のうちの詩箱か歌箱よ。箱にかけられた呪いは解いたから。開けてみて」
 真剣な顔で開けることを促した。
「……紙切れだな」
 ローズの言葉通りふたを開け、一枚の紙切れを取り出した。
 その紙切れにはたくさんの年月を経たというのに真っ白で、紙いっぱいに楔形文字のようなものがつらつらと並んでいた。
「特別な紙だね」
 紙の白さを見て感心したように言う君。
「えぇ、おそらく秘石が含まれているからだと思う」
 今は重要なことではないのでさらりと流した。
「それで、これを解読しろと? こんなに長かったらすぐにはできないぞ」
 焔はローズの言葉を先回りして言った。
「それは分かってる。でも、できたら二日で解読して欲しいの」
 息を吐き、少し申し訳なさそうに声を大人しくした。
「そっか。まぁ、何とかなるだろうな。でも、かわいいロールパンだってできるんじゃないのか?」
 さっそく、ローズのあだ名を使っている焔。
「ロールパンじゃないわ! ……できるけど、これからの備えを十分にしようと思って。きっとその紙が旅を一気に進めるだろうから。だから、誰かに頼もうと思ってここに来たのよ。それで、頼まれてくれる?」
 再び頼む彼女も最初は図書館に立ち寄り、自分で解読をしようとしたがそれなりに時間が必要と知り、黒髪の男性司書に大賢者の君のことを教えてもらい、今ここにいるのだ。
「別にいいけどさぁ」
 焔はやる気の無い声で答え、隣にいる君の方を見た。
「僕もいいよ。だけど、世界の中心を求めるのはどうして?」
 君は焔に視線を向けた後、真剣な顔のローズに訊ねた。
「私は知りたいのよ。あなた達は生命の始めを知ってる? 生命が終わった時、どこに行くのか知ってる? ……推測はできるだろうけど、確実なことは知らないでしょう」
 ローズは自分の思いを淡々と語り出す。
「まぁな」
 焔は反論する言葉が無く、うなずく。
「確かにそうだね。……生命の終わりなんて、死なないと分からないからね」
 君は笑いを含んだ声で言う。
「私達が確実に知っているのは、今なのよ。それ以外は推測でしかない。私達は三次元に住んでいるちっぽけな生物でしかないのよ。どんなに大賢者、賢者と賢くても」
 と厳しいことを淡々と言う。
「貪欲だね」
 と感想を洩らす君。
「まぁね。私が大賢者になったのは大賢者でないと入れない所に入るためよ。馴れ合うためになったわけじゃないし。私は私のために道を歩いている。それだけよ」
 ローズは強い意志をきっぱりと言葉にした。
「分かるぜ。オレもなりたくて大賢者になったからな。大賢会に真面目に出席するためになったわけじゃない」
 ローズの気持ちが分かるため力強くうなずいた。焔の言う大賢会とは大賢者会議の略である。大賢者は必ず出席するのが規定となっている会議であり不定期に開かれ、議題もそれほど面白くなく、学校の授業のようなものである。そのため、さぼる者が多い。君やローズは全く出席せず、焔は出席したことはあるが欠席の方が多い。うるさいのは体面大事の数人だけだ。ちなみに賢者の会議を賢人会議と言い、賢会と略す。内容は大賢会と同じである。もう一つ賢人会議、賢人会というものがあり、これは賢人が自分の考えや研究結果を発表したり論争したりするもので大賢者、賢者に関わらず多くの者が出席し、開かれる回数も多い。最後に賢人全体の会議、賢人総会がある。万一な出来事や大事なことを決めたり討論するために開かれるもっとも回数の低い会議である。
「……いいんじゃない。それはそれで、ね。とりあえず僕達は、頼まれた仕事をするよ」 穏やかな君。彼はあまり物事にこだわるようなタイプではない。
「ありがとう、二人共。……それじゃ、今日と同じ時間にまた来るから」  
 軽やかに言ってからスーツケースを持って二人に軽く手を振って退室した。
 
 残された二人は、
「……さてと、どうする? 焔」
 と、紙を眺めている焔に訊ねた。
「まぁ、何とかなるかなぁ、と。……知っているものよりも随分古いが、何とかならないこともないし。少し時間はかかるだろうけど……」
 紙から目を離さず答える。
「そっか。……ちょっと、僕にも見せて」
 と声をかける。
「あぁ」
 と言って、紙を君に手渡す。
「……なるほど。確かに時間がかかりそうだ」
 見てから少しぼやく。
 面倒な事を引き受けたんじゃなかろうかと思い始める二人。しかし、もう遅い。
 
 二日が経過したある日。
 君と焔は、君の屋敷の居間にいた。二日間、二人は解読で忙しかった。
 二人が知っている古き言語と型は似ていたため忙しかったが困ることはなかったが、当てはまらない文字がいくつかあり、それをやっつけるのにかなりの時間がかかった。その時の二人は、真剣だった。あのちゃらんぽらんな焔の大賢者でさえも。一方、ローズ嬢の方は旅の準備にてんてこまいだった。
「ごめんなさいね、待たせちゃって」
 ローズが予定した時間より少し遅れてやって来た。
 これでようやく役者が全員集まった。
「それで、解読は?」
 ローズは二人に訊ねた。
「完璧だ。……少々、長い詩になったけどな」
 不意に真剣な顔つきになる焔。
「……詩ねぇ。読んでちょうだい」
 ローズの言葉で焔が朗読を始めた。
 ローズは、じっと耳を傾け始める。
「この世の全ての謎の答えありし地
 存在する地は
 はるか遠く
 はるか近く
 行ける方法は一つ
 心を開き
 この地にある全てのものに
 耳を澄ますべし
 
 この地に存在する古きもの
 何百、何千も生きたるもの
 その薄き存在を知りたる
 
 言葉にならぬ言葉で
 心に教えたるは
 深き知          」
 ここで焔は一息つき、大賢者の君が引き継ぐ。
「そこにありしは
 はるか遠く
 はるか深き
 知
 
 全てのはじまり
 全てのおわり
 
 知ることのできるは
 心開きし者だけ
 
 今はなき上古の
 知恵が導く
 
 その声は心に沈み
 澱む
 
 全ての生の火を消す
 強き言の葉
 
 それを知りし者だけが
 古きものに会える
 
 ……聖域について歌いし歌」
 と詩をくくる。
「これで詩は終わりだよ」
 君は解読文をローズに渡した。
「ありがとう」
 ローズは解読文を眺め、文章を頭に入れていく。
「ほらよ。かわいいロールパン」
 焔が忘れないうちに返しておこうと箱と紙切れをローズに渡した。
「ありがとう。……でもロールパンじゃないわ」
 箱と紙切れを受け取って礼に一言付けて言う。
 受け取った解読文をまじまじと見つめる。
「この世の全ての謎の答えありし地が世界の中心であり聖域、古きものや上古の知恵は同じものを示しているようだけれど、何かしら。心に沈みから強き言の葉はたぶん呪術についてだと思うけど……」
 ローズは二人に意見を求める。
「古きものは人間じゃ無いかもしれない。何百、何千も生きたるものとあるから」
 君が意見を言うが、焔は黙って自分の世界に浸っている。その様子が気になったローズはテーブルから身を乗り出して彼の様子を窺う。
「焔の大賢者?」
 と声をかける。
「ん? あぁ、悪い。少し考えていたんだ。……思い当たることはないかと」
 我に返った焔が急いで答える。
「それで?」
 席に座り、訊ねる。
「古きものは森じゃないか。何百、何千経った森は心を持つと言われている。以前にどこかで聞いたことがあるんだが、森が動いているように感じる、葉擦れの音が言葉を発しているように聞こえる森はこことは違う別の場所への入り口だと。……言葉にならぬ言葉は、声として発しない言葉、心と心の会話じゃないか」
 真剣な面持ちで話す焔。
「意外、あなたを初めて見た時、ちゃらんぽらんな人って思ってたから」
 焔の様子に少し驚いたように言葉を洩らした。
「ひどいなぁ」
 焔は顔をしかめ、不満に満ちた声を上げた。
「しょうがないよ。パッと見はそうだもの」
 君はカラカラと笑いながら焔の表情の変化を楽しんでいる。
「……まったく。で、どうするんだ? 古き森なんて、今の世には無いと思うぞ」
 まだ不満そうな色がある口調で訊ねた。
「それは大丈夫よ。私は大賢者であり、上古の探索者よ。様々な上古の歴史を紐解いている者よ。見当ぐらいはつくわ」
 さらりと言ってのける。
「その見当というのは?」
 興味を抱いた君が訊ねる。
「上古の書物にこの地に時間の流れに取り残された場所があると書かれているのよ。それが、『世界の中心』なのかもしれない。呼び名は様々あるものだから。そして、その古き森がその入り口じゃないかしら」
 自分の頭をフル回転させ、答える。
「そんな所がこの地にあるなんて不思議だね」
 素直な感想を述べる君。
「えぇ。でも、この地の隅々を知っている者は誰もいない。私達大賢者でさえね。それにこんな不思議なことは、私にとっては当たり前よ」
 そう言って、彼女は箱をスーツケースに入れ、二枚の紙切れをポケットに入れた。
「もう行くのか? 今度はどこに行くんだ?」
 焔はゴソゴソ動き出したローズに目を向ける。
「自然の研究をしている深緑街に行くつもりよ。あそこなら何か分かるかもしれない」
 そう言って立ち上がり、
「二人共ありがとう。……暇ができたらまた会いに来てもいいかしら」
 少し遠慮がちに言い、二人の顔を見つめた。
「いいよ。今度は旅話でも聞かせてよ」
 笑顔で言う君。
「そうだぜ。また来いよ。かわいいロールパン」
 いつものちゃらんぽらんとした口調の焔。
「ありがとう。それじゃ、またね。……あと、ロールパンじゃないわよ」
 はにかんだ満面の笑みを浮かべ、部屋を出て行った。
 二人はその後ろ姿を見送った。
 また会えることと彼女が目的を達成することを願った。
 
 少女と別れた後。
「……辿り着けるだろうか、かわいいロールパンは。オレから見ると果てしないように見える」 
 焔は心配を口にした。
「そうだね。僕もそう見えるよ。でも大丈夫だよ。もし辿り着けなかったり何も無かったとしても旅には終わりがある。……ローズ嬢の旅の終わりが幸せなものであることを僕は願うよ」
 君は本当に願うような口調で言った。
「あぁ、そうだな。さぁてと、帰るかな」
 焔は君の言葉にうなずいてから立ち上がって伸びをする。
「じゃあな」
 焔は一言、別れを言って部屋を出て行った。
「うん」
 君は焔の別れの挨拶にうなずいた。
 
 嵐が去って一人になった途端、どっと疲れと眠気が襲う。
「ふぁ。少し眠ろうかなぁ」
 安心できる眠りが襲い、ソファーに倒れ込んだ。
 そして、君は夢の世界に引きずり込まれていく。
 
 静かな時間がゆるりと流れていく。