第6章 呪術師の妖しの都での出会い
                     
 
 ローズが白歴からの船旅の終わりは、賢呪の国で地図では右の大陸の中央にあたる所である。呪いを扱う呪術師が多く住み、ほとんどの人は呪術師の妖しの都と呼ぶ。公の名はパンドリアである。この都を訪れた人々はことごとく驚かされてしまう。想像と違い、明るく陽気な国の色に。しかし、ここを訪れる客の中で大賢者や賢者などの賢人は稀である。彼らは呪術師を嫌っているからである。そして、呪術というものが存在しているためか、この世界では人や物はどの都や街の出入りでもかならず危険の有無を審査されて から都や街に入ったり、追い返されたりする。当然、出入りの記録も取り、出入り口の見張りは一日中休むことなくされている。
とくにこの呪術師が溢れる街で多くの人間が犠牲になるようなことが起きれば、閉鎖され他への被害を最小限にしようとする。そのため何が起きているのか分からない時もある。
 
「何度来ても普通の街」
 ローズは午後の通りを歩きながらここに来る度に口にする言葉を発した。
 今は重要な旅の途中というのにのんびりとしている。
「……今日はとりあえず、ここで休んで朝一番に出発かな」
 適当に宿を決めてからゆっくりと歩き回ることにした。昼食は船内で済ませているのであとは今日一日をどう過ごすかである。
 
「にぎやかだけど、本当に魔女とか偉大な呪術師とか住んでるのかな。組織には所属してないって話だし」
 宿を決めたあと、近くの公園のベンチでのんびりと呟いた。隣にはいつものスーツケースがある。
 魔女や偉大な呪術師は呪術に長けた人物で特に魔女はその呪いの腕で何百人何千人もの人を地獄へと導いたと言われてるとんでもない人物である。ちなみ組織とは呪術師を助勢組織で呪術師に仕事や安定した給料や失敗の際の手助けをしてくれるという。その代わり所属料を払わなければならない。依頼者は格安で依頼をすることができ、依頼に合った呪術師をすぐに派遣してもうらことができ、問題が起きた際の保障もしてくれる。呪術師一人で仕事を探すのはよほどの腕がない限り難しく、個人故に依頼料も高いのがほとんである。都にはいくつも組織が存在し、都を閉鎖したりなどの権力を持つが、そのどれにも噂の二人はいない上に組織とは何も接触がないらしく分からないが、裏では噂に満ちており、何とかすれば二人の居場所を特定でき、接触はできるがそこまでする者はよほどの者である。
 忙しいローズには二人に会うために時間を使うことができない。いずれ会ってみたいとは思っている。 
「……ここでぼんやりするのももったいないし」
 と言って立ち上がり、公園を出ようとした時、ふと公園の中央にある噴水が気になった。
「きれい。水面が光ってる」
 午後の陽光で輝いている水面を眺め、呟く。
「……水の中に石じゃなくてガラス玉を敷き詰めているからよ。それで太陽の光で輝いて見えるのよ」
 少女の甘い声が背後からする。
 誰だろうと振り向くと、そこにいたのは同い年ぐらいの外見をした少女だった。
 おだんご二つに両側の三つ編みの派手な髪型にフリルをベースにしたピンクが目立つ派手な服装。甘い声に甘い顔。どこか小悪魔的な魅力がある少女。
「……ガラス玉?」
 声に驚き、思わず訊ねてしまう。
「そうよ」
 と言いつつ隣に立ち、水面に手を突っ込み何かを手に握る。
「ほら、これよ」
 と見せたのは小さな透明のガラス玉だった。
「これは光を反射する率が高いのよ。よく風景美に使われているのよ」
 そう説明した後、ガラス玉を水に沈めた。
「あなた、旅人でしょう。見ない顔だもの」
 スーツケースを側に置きながら水面を見つめている少女に訊ねた。
「えぇ、何度も来るけど、ここは予想と違って普通で」
 少女の質問にいつもここを訪れる度に抱く率直な感想を述べた。
「ところで、あなたの名前を聞いてもいいかしら?」
 興味があるのか暇なのか、訊ねてきた。
「私は大賢者で上古の探索者のローズ」
 快く名乗ると相手は少し驚いたような顔になるが、すぐに可愛らしい顔に戻った。
「珍しいわねぇ、大賢者がここを訪れるなんて。あたしは魔女と呼ばれている者よ」
 と名乗り、口元にじんわりと笑みを浮かべながらローズを舐めるように見た。
「……驚き、こんなことが」
 ローズは目を大きくして魔女を見た。
 会いたいと思っていた人物に今会っている。何という偶然なのだろうか。
「……驚き?」
 ローズが何を思っているのか察した魔女はクスクスと笑った。
「えぇ、ここに来る度に会いたいとずっと思ってたから。どんな人なのかと」
 まだ目を大きくしたままで魔女の質問に答えた。まだ信じられない。
「それじゃぁ、今は満足じゃなくて?」
 小悪魔な笑みで言った。
「そうね」
 驚きがおさまり、笑顔でうなずいた。
「そう言えば、あなたは上古の探索者って言ってたわねぇ」
 小首を傾げながらローズの言葉を思い出し、訊ねた。
「えぇ、いろんな遺跡を見たりしてる。今は世界の中心を目指してる途中」
 今の目的を簡単に話した。
「そう、大変ねぇ。その目で多くのものを見て来たのねぇ」
 じっとローズの瞳を見つめた。
「あなたもでしょう。雰囲気で分かる。噂は伊達じゃないって」
 ローズもまた魔女の瞳を見つめ返し、肩をすくめた。ここに来る度に耳が腐るほど魔女の噂を聞いた。当然、悪い噂ばかり。
「あらあら。どんな噂かしら」
 内容を知っていながらローズが何を口にするのか気になるのかわざとらしく訊ねる。
「呪いで何百何千人の人を恐ろしい目に遭わせたと。私も少しは呪術を使うことができるから。どれだけすごいことなのか分かる」
 ローズも魔女がどんな気持ちで聞いたのか知っても誤魔化すことも恐れることもせず平気で自分が聞いたことを口にした。
「それは大げさよ」
 少し肩をすくめて言うが、瞳の奥が笑っていない。それは噂が本当だという証拠。
「本当に? 火のない所に煙は立たないと言うけど」
「さぁ、どうかしら」
 ローズの辛辣な言葉に曖昧に濁し、水面を見つめた。
「でも、世の中、目に見えているものが全てじゃないし、人の外見も」
 輝く水面を眺めながらちらりと魔女の横顔を見た。
 この世界は全て見えているもので成り立っているわけではない。むしろ、見えないものの方が多い。不思議なことも数多ある。
「そうねぇ、それはお互い様ねぇ」
 理解した顔でうなずき、水面からローズの方に顔を向けた。
「でも、あなたと会えてとても今日はいい一日になったからありがとう」
 もうそろそろ自分の旅に戻らなければいけない。興味は限りないが時間には限りがあるから。
「ありがとうっておかしなこと言うわねぇ」
 聞き慣れない言葉に思わず、吹いてしまった。
 恨まれることは多々あれど感謝は滅多にないのでそれを口にするローズを面白く思った。
「そんなことない。もっとゆっくりと話したいぐらい」
 魔女の反応に気を悪くすることなく、本当に惜しみのある声で言った。
「そこまで言うなんて」
  今までにない反応に少しばかり面白いと思い、ローズが彼女の心にしっかりと刻まれた。
「私は自分の興味だけで旅をしてるから。自分が望むことをして生きたいと思ってるから」
 凛とした面持ちで信念を口にした。
「その精神は好きよぉ。あたしは呪いが好きだから魔女なんだから」
 甘い声で言うが、言葉には誇りがあった。何を言われても魔女は魔女であることをやめはしない。
「もうそろそろ、行かなくちゃ」
 スーツケースを持ち、別れを口にした。
「残念ねぇ、時間があればとっておきの人を紹介したかったのに」
 彼女にしては珍しく言葉通りの惜しみが心の中にあった。
「とっておきの人?」
 胸の奥の好奇心の虫がうごめく。呪いの申し子の魔女が言うとっておきの人に会いたくてたまらないが今そんな時間はない。
「えぇ、それは今度のお楽しみ」
 小悪魔な笑みを浮かべ、来るだろう今度を楽しみに待つことにした。
「それは楽しみ。きっとまた来るから。必ず」
 にっこり笑みを浮かべつつも念入りに来ることを言ったのはそれほどまでに再会を楽しみにしているからである。彼女の言うお楽しみが驚きのものなのは確かな気がし、それが自分の道をさらに広げることも分かっているが、悲しいことに今はその時間がない。
「そうねぇ。今度会う日までお元気で上古の探索者さん」
「えぇ、あなたも」
 二人は偽りのない言葉で別れ、再会を楽しみにした。
 ローズは宿に戻り、一日をゆっくりと過ごした。翌日の早朝、賢者の華の都へ向かった。
 
 この後、二人が再会するのは先のこととなる。なぜなら、別の道を歩む二人が出会うにはそれなりに時間がかかるからである。望むこととやるべきことは別だからだ。
 しかし、今回の出会いが少なからずローズの今後に影響を及ぼすのは間違いないだろう。