第15章 空虚
 
 
 世界の中心に行ってから何日も経った。再びこの地に立つことができ、幸せを感じた。大きな灯火を得たこの地、時の雫に立っている。
 
「さてとどうしようかな」
 ローズは朝日に照らされた時の山の前でこれからのことを考えていた。
 とりあえず、公共機関に立ち寄って発掘隊について訊ねた方がソフィーとの再会は早いかもしれない。
「とりあえず」
 方向を変えようとした時、両手に大荷物を持った発掘隊の一人と思われる20代後半の男性を発見した。
「……一応、聞いてみようかな」
 ローズは予定を変更して男性に訊ねに行った。
「あのぉ、すみません。発掘隊の方ですよね」
 恐る恐る男性に訊ねる。
「……そうだが」
 不審そうにローズを見た。
「私は大賢者のローズという者です。発掘隊のソフィーという女性を知りませんか?」
 急いで名乗り、ソフィーのことを訊ねた。
「あんたあいつの知り合いか?」
 少し驚いたようにローズを見てから訊ねた。
「知ってるんですか?」
 思いがけない偶然に驚き、感謝した。
「あぁ、一緒に仕事をしていたからな」
 両手の荷物を地面に置きながら顔色を曇らせながら言った。
「それで彼女は今どこにいるんですか?」
 知りたいことを訊ねた。会って話したいことがいろいろある。一番に言いたいのは感謝の言葉である。詩箱によって自分は目的を達成できたのだから。
「……それは」
 男性は顔だけではなく言葉も曇りだした。
「もしかして違う街にいるんですか?」
 ローズは男性の顔色からソフィーがここにいないのではと疑った。その疑いしか心にはなかった。
「いや、そうじゃない。……死んだんだ」
 息を一つ吐いてから言いにくそうに答えた。
「……死んだ?」
 信じられない答えにローズは一瞬言葉を失った。あまりにも予想外の言葉だった。
「あぁ。よくは知らないが何かの病気で何週間か前に死んだ。自分はその場にいなかったから詳しくは知らないが」
 伝えるにはあまりに辛い事実をローズに話した。
「……そうですか」
 ぼんやりとしたままうなずいた。
「何か、最期にもう少し生きたかったと言っていたらしい。君に再会したかったんだろう。彼女は無愛想な人だったが、なかなか熱心で人一倍遺跡の解明を頑張っていた人だった。だから、自分達は彼女のためにも発掘を続けている。よかったら彼女の最期を看取った人が山にいるけど」
 荷物を持ち、自分の知っていることを話した。
「……いいえ、いいです。ありがとうございます。発掘、頑張って下さい」
 男性の誘いを断り、礼を言って去った。
 ローズは力なくぼんやりと歩き、辿り着いたのは近くの広場だった。
 
 広場のベンチに座ったローズはスーツケースを隣に置き、力なく果てしない空を見上げた。どんな悲しみもない空の青さが少し憎らしい。
「……死んでいた。もう会えないなんて」
 まだ信じられなかった。あの時は別れをしてもまた会えると思っていた。いつものことだと。まさか、永遠に会えなくなるとは思ってもいなかった。
「そんなことって。……でも」
 信じられないでいるが、よく思い出してみると無愛想な顔にうっすらと疲れの色があった。あれはもしかしたら病気のせいだったのかもしれない。今になっては分からないが、惜しみはある。どんなに出会って話した時間が短くても知り合いであることには違いない。
「約束を果たしに来たのに」
 ゆっくりとスーツケースから詩箱を取り出し、見つめた。この箱が形見になってしまうとは。
「死は必ず訪れるものだけど本当に儚い。……儚いからこそ美しいのだろうけど悲しい。生命は流れ続けていると知っていても。……人間は本当に脆い」
 呟く瞳は少し潤んでいた。こんなにも誰かの死が自分を支配するとは思ってもいなかった。
 しばらくの間、箱を見つめ続けていた。
「……生きたいか、か」
 ソフィーが最期に言ったという言葉を呟き、そっと詩箱をスーツケースに片付け、立ち上がった。
「……私も会ってお礼を言いたかった。ありがとう」
 礼を空に向かって言い、悲しみの残った気持ちのまましっかりと形見の入ったスーツケースを持って歩き出した。
 今日はここで休み、翌日の早朝出発した。