第12章 世界の中心
 
 
 闇。静かで暖かい闇。
 上古の探索者は静かにゆるりとそこを漂っている。
 しだいに意識がはっきりとしてくる。
 目と口が動きを取り戻す。
「……闇」
 辺りを見て呟く。
 落ちているのか、昇っているのか分からぬ不安定さ。
 それなのに不安は全く無い。
「……!!」
 ローズの心が驚きに染まった。
 めまぐるしく色鮮やかな輝線が飛び交い、様々な色を描く。
 それらはローズの体を螺旋のごとく取り巻く。
 温かい知の温もりがローズの心に流れ沈み澱む。
 
 生の始まりは闇。生の終わりも闇。
 紅の輝きが包み込む。
 
 始まりと終わりは同じ。
 金色の光が飛び交う。
 
 不老不死、人間の命は不滅である。
 体が滅んだとしても生命の流れは断たれず、流れ続け再びこの世に現れる。
 青色の輝きが包み込む。
 
 進むべき道は自らにあり。
 緑色の光が舞う。
 
 全てのものは生まれてから何らかの使命があり、存在意味がある。
 紫の光が輝き消える。
 
 使命、それ終わりし時こそ“死”である。“死”を迎えることこそ使命の達成。
 ピンク色の光が現れ、消える。
 
 幸せ、自らの存在の実感。
 マゼンタの光が飛び交う。
 
 出会い、意味あること。自らの手助けとなるもの。
 青紫の光が点滅する。
 
 強い心がモノを引き寄せる。
 赤紫の光が輝き、消えていく。
 
 苦悶してこそ発展する。
 黄緑色の線が取り巻く。
 
 全ての言葉は同じである。
 コバルトブルーの光が青々と輝く。
 
 欲求が存在の意味。
 水色の光が螺旋を描く。
 
 閃き、生命に残っている記憶。
 濃い赤の線が現れる。
 
 命に時間、時代、次元は関係のないもの。
 ライトブルーが煌めく。
 
 宇宙の神秘、自然との一体化。自然の一部となること。
 薄い茶色の光が輝く。
 
 行動は未来を変える。大きな変動は、次に大きな事が起きる兆し。
 プルシャンブルーの光が飛び交う。
 
 自らの道が良いか悪いかは自らの意志による。
 薄ピンクの光が闇を切り裂く。
 
 直感は真の道を示す。
 薄紫の光が輝きを放つ。
 
 破滅とは人間の欲が起こすもの。そして、それは時の流れ、運命である。
 セピア色の光が闇に線を引く。
 
 生を貫くは肯定的に物事を見てこそ。
 乳白色の光が輝く。
 
 この世界に絶対は存在しない。存在するのは“死”。
 白い光が包む。
 
 これ以外にも多くの輝線がローズを取り巻き、消えてゆく。その度に彼女は暖かい光に包まれていく。知の温もりが意識の奥に沈んでいく。
 この世の全ての謎の答えが確かにここにあり、確かにローズの心に与えてた。それは目に見える形あるものではないが、意識の奥深くにしっかりと刻まれていく。中には知識で知っているものもあるが、それはあくまで知識でしかなく、ここでは全てが感じるものであった。
 闇は深くなり、とても長く思える時が終わりに向かいつつあることが意識の奥で感じられた。ゆっくり、ゆっくりと。
 
 闇は深くなりそして、薄くなる。体の不安定さはいつの間にか消え、二の足でしっかりと立っていた。
「……ここは?」
 辺りを見回す。石が積み重なってできた壁に四方を囲まれ、目前には凹凸のないすべすべした壁があり何かが刻まれていた。近づき、それに目を通す。空間はどこからともなく降り注ぐオレンジや黄色の光に照らされ明るい。
「……古代の言葉」
 手で触り、目で追い、頭で探る。
「……すべての知を得りし者。門をくぐり、光の中へ行かんと。……門? 門なんか」
 おかしいと思い、後ろを振り返るが、何も無い。
「……ない。一体、どこに」
 壁に近づき、ペタペタと触る。石の硬さが手に伝わってくる。
「……!!」
 手が沈んでいく。硬さは薄れ、柔らかい感触が伝わる。
 手を引っ込めようとするが、抜けない。
「……!!」
 引き込まれていく。とうとうローズは姿を消した。
 
 ローズを包んだのは、まばゆいばかりの光だった。
 意識は光に溶け込み白となり、姿はしだいに光にかすみ、消えていく。
 彼女が再び目を見開いた所は太古の森だった。
 
 目に入ってくるのは深い緑ばかり。
「……帰って来れた?」
 まだ、はっきりしない口調で呟くローズ。
「……帰って来れた。私は行った」
 何度か同じ言葉を繰り返した後、ローズは立ち上がり天を仰ぐ。
「……ありがとうございます。古き知よ」
 森中に響く声で感謝を示す。
 ザワザワと騒ぐ葉擦れの言の葉。
「……うん」
 その言葉にうなずき、ローズは帰路を行く。
 目的はようやく達成され、旅が終わりの時を迎える。
 
 帰りはあっけないほど早く荒地に出ることができた。
 相変わらず乾いた空気が肌を刺す。
「……さぁて、あの頑固な森に会いに行かなくっちゃね。でも、やっと、やっと成し遂げることができた」
 再び感動が体を走る。
 そして、強い足取りで歩いて行く。
 彼女は変わった。外見ではなく内面が大きく変わった。彼女の知に幾つもの層が重なり深味を増していた。外側は変わらず、自信げだが以前よりも増して強くなったように思われる。彼女は、世界の中心を知り知を得た者になった。
 
 知を得た者は、どこまでも続く荒野を歩いていた。