第2章 厄介な来客
 
 
 裏通りの静かな場所に建つ屋敷。ほどよい午後の光が射し込む中庭。
 のんびりと時間を過ごす6歳ぐらいの外見をした少年。長い黒髪にほっそりとした黒目に整った顔立ちをし、愛らしいというよりは妖しいという雰囲気を纏っている。絵になる彼を人は偉大な呪術師を呼ぶ。
 
「……今日も平和だといいのですが」
 のんびりと部屋でお茶をして過ごす偉大な呪術師。彼にとって平和に静かに過ごすことこそが至福の時なのだ。
 そんな幸せな時間を壊す音が鳴り響いた。
「……来客ですか」
 途端に少しの不機嫌が穏やかな表情に混じった。
 来客が誰なのかもう分かっているかのような様子。
「……暇なのはあの厄介者ぐらいですからね」
 ちらりと部屋の入り口を見るだけで動こうとはしない。
 居留守を使って追い返そうとでも思っているのか、気にせずにカップに口を付け、手入れの行き届いた庭を眺めるが、一定間隔で鳴り続けるチャイムのおかげでゆっくりと過ごすことができない。
「……全く」
 業を煮やした偉大な呪術師は立ち上がり、玄関に向かった。
 
「……どなたですか」
 ゆっくりと扉を開けながら訊ねる。
 もう誰が来たのか予想はしているが、一応の質問。
「やっぱりいたのねぇ。ひどいんじゃなくて」
 立っていたのは偉大な呪術師と同い年の外見をした少女。金髪のおだんご二つに両側を三つ編みにした派手な髪型にピンク色とフリルがたくさんついた服を着ている。
 彼女は口元を歪めながら、ぬっとりとする笑顔で偉大な呪術師に笑いかけた。
「やっぱりあなたですか、魔女」
 明らかに嫌そうな表情を彼女に向けた。
 彼女は人々に魔女と言われ、恐れられている。呪いで数え切れないほどの人間の命を奪ったと言われているからだ。呪術師が呪術を使うのは依頼がほとんどでそれ以外に使うことはあまりない。それなのに黒い噂が絶えないのは彼女の性格などが大いに含まれているのだろう。
 そんな彼女と偉大な呪術師が知り合いなのはまさに腐れ縁としか言いようがない。
「何の用ですか? 何もなければ帰ってくれませんか。あなたと関わると厄介事ばかりですから」
 彼が煙たがるのも仕方がない。彼が解呪、呪いを解くのは半分以上が魔女が関わったものなのだから。
「そんなに邪険にしなくてもいいんじゃなくて。あなたとあたしの仲じゃない。今日は面白い物を持って来たのよ」
 わざとらしい悲しそうな表情を浮かべながら言う。いつものことなので全く帰る様子はない。
「……どうぞ」
 仕方なく彼女を屋敷に入れた。何かと文句を言いながら魔女に関わってしまうのが彼の良いところなのかもしれない。
 
「それで、あなたの言う面白い物とは何ですか」
 いつものように居間に案内し、飲み物を用意してから訊ねた。
 魔女はすっかり当たり前の顔で座っている。
「これよ」
 偉大な呪術師がソファーに座ってから話を切り出した。
 スカートのポケットから石を取り出し、テーブルに置いた。
「……これは」
 テーブルに置かれたのは美しい宝石。秘石ではないが、澄んだ青色が特徴的な貴重そうな物。
 そんな美しい物にも関わらず、彼の表情は険しかった。
「さすが、あなたね」
 喉を潤してから楽しそうに偉大な呪術師の表情を見た。
「これをどこで手に入れたのですか?」
「どこって公にしてはまずい所で商売している人からよ」
 肩をすくめながら分かり切ったことだと言わんばかりに答え、宝石を手に取った。
「でしょうね。表では慰めの物として許されて禁止はされてませんが、そこから外れたものは非難の対象ですからね。これは外れたものでしょう」
 呆れたように息を吐き、彼女の手にある宝石に視線を落とした。忌むべきものを見るかのように。
「その通りよ。あたしなら島が一つ買えるぐらいの品質を作り出せるわよ」
 宝石をつつきながら少しばかりの悪意を口元に浮かべる彼女はこの上なく楽しそうである。
「それはよく知ってますよ。結局、それを見せびらかすために来たのですか。あなたに付き合うのは勘弁ですよ」
 魔女に付き合うのが嫌になったのかさっさと話を終わらせようとする。
「実は依頼を受けたのよ。これを売りさばいている者を呪ってくれとね。商売の邪魔になるからって」
 嫌そうな話し相手にも構わずに遅くなった本題を話す。嬉しそうに口元を歪めながら。
「当然、無料でというわけでしょう」
「そうよぉ。あたしは優しいもの。ただ、呪いは全部お任せしてもらって解呪は一切しないということだけど」
 魔女の呪術師としての仕事は呪いをかけるのみで料金は一切取らないという親切だが、どのようなたぐいの呪いを使うかは全て彼女の気分次第というあまりにも邪悪な取引である。そのため呪いで多くの人間の命を奪ったという噂が流れたりもするが、腕は確かなので依頼は絶えないのだ。
「だから、困った人が私の所に来るんですよ。解呪出来ないわけではないのに」
 呆れと疲れの混じったため息を洩らす。彼が腕を披露するのは大抵魔女が関わっている時なので心底関わりたくないのだ。関わって楽しいことは一つもないので。
「それは当然よぉ。解呪なんて趣味じゃないもの。優秀な呪術師のあなたがいることだしね」
 自分の扱いが適当なのはいつものことなので気にしない。ここで少しでも気にしてくれれば偉大な呪術師も少しは平和になるだろうに。
「はいはい。それはともかくとして売りさばいている者は分かってるのですか」
 邪険に扱うわりには彼女の受けた依頼が気になっているのか一応訊ねる。
「依頼人が調べてくれてたわ。だから後はあたしがたっぷりと楽しむだけ」
 呪いをかけることを想像しているのか、楽しそうに話す。その様子がまさに魔女の名に相応しい。
「それは良かったですね。頑張って下さい」
 付き合いたくないので話に区切りがついたところで適当に追い返す。これ以上関わって自分に火の粉が降ってきてはたまらない。
「えぇ、楽しんで来るわ」
 魔女は少し話し足りない様子だが、仕事が待っているのでさっさと帰って行った。
「ふぅ」
 再び一人になった偉大な呪術師はほっとしたように息を吐いた。
「……嘆きの宝石。呪術によって生み出された宝石」
 ぼそりと呟いた。脳裏に浮かぶのはあまりにも美しすぎる青色の宝石。
 生み出してはならない産物。
 
 この世界、表もあれば裏もある。外見と中身が必ずしも一致するとは限らない世界ではなおさら。
 ただ言えるのは、誰かが悲しみの涙を流すのは心が痛いということである。
 この今も誰かが涙を流し、魔女に依頼をしているかもしれない。
 
 偉大な呪術師は静かに時を過ごした。自分が関わってきた過去を思い出しながら。