第1章 依頼
いつものように楽しげに呪術師の妖しの都、地図ではパンドリアと記されているその都を歩き回る少女が一人。6歳ぐらいの外見に金髪のおだんご二つと両側の三つ編みの派手な髪型にピンク色とフリルがたくさんついた服を着ている愛らしいというより小悪魔な少女。
彼女は午後の通りをせっせと歩いている。時間潰しに最もよい場所を目指して。
「あら、珍しい人がいるわねぇ」
彼女はふと前方を歩く後ろ姿に見覚えを感じ、近づいた。口元に嫌らしい笑みを浮かべながら。
「あなたが表の通りを歩くのは珍しいことじゃなくて」
声をかけられた相手は15歳ぐらいの小柄な子供で地味な格好でどこも目立つようなところはない。
「……魔女」
振り向いた顔は声と同じぐらい生気がない。虚ろな目は一つしか無く左目の場所には包帯が巻かれ、上から布をかぶせている。普通ではない外見に性別が判別できないが、誰も不思議がる者はいない。何せこの世界は何でもありなので。それよりも重要なのはこの者が声をかけた者と知り合いだということだ。
「あらあら、またご病気かしら」
魔女は目を細め、左目の布に手を伸ばす左手を見て楽しそうに言う。
「そんなことはない」
魔女の言葉で左手を引っ込めて否定するが、目は魔女を見てはいない。
「そうかしらぁ。残った右目を宝石にしてもよくてよ。もちろん無料でしてあげるわぁ」
魔女は口元を歪め、虚ろな右目を舐めるように見ている。左手が左目を触ろうと手を伸ばし始めている。それを右手掴み、押さえる。ここで魔女に会うまで何度も繰り広げた行動。
「あんたに頼みはあるが、そんなことじゃない。不届きな同業者を呪って欲しい」
ぼそぼそと力の入っていない声で話すのは依頼。子供は魔女が凄腕の呪術師だと身をもって知っている。知ることになった経緯は話して楽しいものではないが。
「……同業者ってことは嘆きの宝石を売る商人ってことかしらぁ」
呪いという言葉を聞いて魔女の表情が変わった。ご馳走を目の前にした空腹者のように。魔女にとって呪いほど楽しいものはなく、呪いに関係することならば善悪など関係無いと思っている。そのせいか彼女の噂には黒いものも少なくない。
「そうだ。二週間前にここに来たらしい」
魔女の言葉にうなずき、話を続ける。その話の間も目は宙を漂い、右手は左腕を掴んで左目を触らないようにしている。
「……来たらしいねぇ。詳しい話を聞かせてくれないかしら」
「あぁ」
立ち話にしては長くなりそうなのを感じて二人は近くのベンチに座ってから話を続けた。
「……嘆きの宝石は生きた人間から作り出すことは禁止はされてはいないが、非難され死体から作り出して遺族の慰めにすることが一般になっているのは知っているな」
ベンチに座ってすぐに子供が話を再開した。話に出た嘆きの宝石とは秘石で調合した特殊な液体と呪いを使って人間の眼球を宝石にした物である。そのため遺族が慰めとして呪術師に依頼することの方が多い。商品として公の通りで売り出している店はあまりないが、好んで買う人は結構いたりするのでなくならないで存在していたりする。
死体から作り出す宝石を死んだ嘆きの宝石と呼び、生者から作り出した物は生きた嘆きの宝石と呼んで色艶や価値などが変わってくる。それは加工商品であっても同じである。今現在、高値なのは生きた宝石である。死んだ宝石も死んでどれぐらい時間が経過したかによって値が変動する。
その作り方はあまり気持ちの良いものではないが、宝石の出来は呪術師の腕に左右される。
「当然、知ってるわぁ。呪術師ならだいたいは知ってることじゃなくて。あなたが売ってるのは死体から作り出す死んだ嘆きの宝石だけじゃないでしょう」
呪いに関係することに関して知らないことは何も無い。そもそも商人の左目を宝石にしたのは彼女なのだから。
「あぁ、死者だけでなく生者からも作るし入荷している。だが、依頼と裏で手に入れた情報以外では作ってはいない。そうでなければ商売は続けられないからな」
公では人の目が商売の妨げになることがあるためこの子供のように公の場での活動を控えている嘆きの宝石を売る者は多い。ちなみに嘆きの宝石以外にも様々な情報や物が裏ではかなりの豊富さで溢れかえっている上にうまく街と手を取り合っているので大きな騒ぎになることは少ない。追い出そうとする奇特な者もどこかにいるだろうが、実現はしていないのが今現在。そんな裏があるのはこの街に限ったことではない。
「そうねぇ。だから、踊り狂うような騒ぎにはなっていないわね。それでその不届き者は何をしたのかしら」
すっかり事情を理解し、下唇を舐めた。面白くなりそうな予感に心が躍っている。
「奴に情報も客も横取りされて商売にならなくなった。それだけじゃない。同業者としての評判も落とされた。奴らは目にした者全てを宝石に変えると。一ヶ月ごとに場所を変えて商売をしているらしく今はここにいるらしい」
疲れたように息を吐き、ここ最近の自身の状況を説明するが、魔女が同情をするはずはなく笑みのまま肩をすくめて言うのは傷をえぐるようなこと。
「それは仕方が無いんじゃなくて。代価となるものが多い方に提供するのが当然のことでしょう。人は欲が強いもの。評判に左右される商売しかできないならやめてしまうのが一番じゃなくて。生活に困ってるのなら売ってしまえばいいのよ。最高の宝石を作ってあげたでしょう。……あなたのことだからまだ持ってるでしょう。あれは島一つは買えるぐらいの品質じゃなくて」
光の無い左目を面白そうに見つめながら話す。思い出すのは呪術のことばかり。
「……あんたほどの品質ではないが、高値で高品質な物をそいつは売っている。売っている数もどこで調達しているのかと思うほど数が多い」
魔女には答えずに自分の話を続ける。相手にしては不愉快になるだけだ。
「その調達場所が問題なのでしょう」
「あぁ、そいつは誰彼構わず生きた嘆きの宝石を作っているらしい。名前の分からない人から老若男女関係無しに誘拐して宝石を作っては場所を変えて商売をしている。だから事件と思わず行方不明だと思っている者もいる」
手に入れた情報を魔女に促されるまま話していく。話す商人に犠牲となった者に対しての同情などは無く、ただ事実を伝えているだけ。ただ自分の商売が成り立たなくなっていること同業者ということで評判が悪くなり始めていることに危惧している。
「あら、そうなの」
普通ならば同情してもおかしくない話なのに軽く流してしまう。
「その情報を手に入れることとこれを買うことで手持ちが無くなったからあんたに頼みたいんだ」
そう言ってポケットから青色に輝く宝石を取り出し、魔女に差し出した。情報を手に入れるために何もかも無くなってしまった。
そのため無料で依頼を受けてくれる魔女を捜していたのだ。解呪は決してしてはくれないが、今回はそんな必要はない。
「あら、これがあなたを困らせてる物なのねぇ。あなたよりは出来がいいけど、あたしにはかなわないわねぇ」
受け取った嘆きの宝石は何も加工はされておらず眼球そのままの形をしていた。色艶や新鮮さを品定めをするも自分の自慢に話を変えてしまう。
「それはやる。受けてくれるか」
相手の品質が知りたくて買った物であって欲しくて買った訳ではないので手放しても惜しくはない。返事は予想できるが依頼についての確認を取る。
「えぇ、よくてよ。この都にいるということはまだ商売をしているのかしら」
呪いについて断る理由は全くない。すっかり仕事のことを考えているのか手にある宝石を見つめる目は狂気に爛々としていた。
「らしい」
そう言って商人は相手の特徴などを詳しく説明して話を終わらせた。
「それなら時間をかけずに解決ねぇ。少しつまらないわね」
思ったほど楽しめそうにないと感じてため息をつく。もっと胸が躍るような呪術のやり取りをしたくてたまらない。
「……頼んだ」
魔女の趣味については何も言わずにベンチから立ち上がり、さっさと行ってしまった。
商人が去った後、魔女も動き出した。仕事を始めるかと思いきや彼女が向かったのは別の場所だった。
「少しばかり時間はあることだし、あの人の所にでも行こうかしら」
宝石となった誰かの瞳をスカートのポケットに入れていつもの場所に向かった。
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