第6章 二人の呪術師
 
 
 偉大な呪術師の元に賢人の華の都から三日前の出来事を綴った一通の手紙が届いた。
 その手紙は少しばかり受け取った者に安心を与えたが、忍び寄る恐怖の音は止まらず、刻一刻と迫っていた。
 
「解呪ができましたか」
 偉大な呪術師は手紙を読み終え、安心した。賢人達と別れる時、本にかけられた呪いが気がかりだったが、問題は解決したようだ。
 和んでいた時、来客を告げるチャイムが鳴り響いた。
「……暇な人が来ましたか」
 チャイムの音に少しげんなりしながら、手紙をテーブルに置いてからゆっくりと玄関に向かった。自分の屋敷を訪れるのは助けを求める者か常連さんしかいない。今の厄介な事件が起きたばかりなので高い確率であの厄介な呪術師に違いない。
 
「……どなたですか?」
 扉を開けると予想通りの人物が立っていた。
「元気そうねぇ」
 愛らしい少女は甘ったるい笑顔で偉大な呪術師に言葉をかけた。
「魔女ですか。今日はどうしたんですか?」 
 楽しそうな魔女とは対照的に関わりたくないという気持ちが言葉に溢れていた。
「ちょっと暇だから何かないかと思って。何かあるかしら?」
 いつものように暇潰しで来たことを平気で言い、じっと探る目を向ける。
「何もないですよ。手紙が来たぐらいですよ」
 肩をすくめ、隠す必要はないので賢人の華の都から届いた手紙のことを話した。
「手紙ねぇ。もしかして大賢者君からかしら」
 誰からとは言っていなくても今の時期を考えると一人しかいない。そしてそれは魔女の不吉な好奇心を煽る。
「そうです。例の本の呪いを解くことができたそうです」
 呪いの種類や解くのに治法を使ったことなどが書かれてあったがそのような説明は必要ないのでただ結果だけを伝えた。
「あら、それはいいことねぇ」
 愛らしい少女の動作で手を合わせ、心からの言葉では有り得ないことを口にする。彼女が願うのは他人の不幸だけである。
「そういうことなのでもう帰って下さい。あなたと関わるとろくなことがありませんから」
 魔女が発した言葉を相手にしないことを心得ている偉大な呪術師は厄介者を追い払おうとした。
「あら、そういう言い方はないんじゃなくて。前は大人しく帰ったんだから、今日はいいんじゃなくて?」
 頬を少し膨らませ不満を口にする。こういう動作は愛らしく凶悪な本性さえも忘れさせるが当然、偉大な呪術師には効果はないが、今回ばかりは違った。
「……全く、あなたは」
 魔女に負けた彼は厄介な来客を中に入れることにした。
「あら、いいのね。お邪魔するわ」
 嬉しそうな表情に早変わりし、当然のように中に入った。
 
 魔女が案内された部屋には先ほどまで読んでいた手紙がテーブルに置きっぱなしになっていた。
「手紙ね」
 目聡い魔女は見逃すことなく手紙を発見し、ソファーに座ってゆっくりと読み始めた。
「まぁ、治呪が必要だったのねぇ。あなたは一目で分かったのでしょう」
 読み終わった手紙をテーブルに置き、出されたカップに口をつけた。
 向かいに座る偉大な呪術師を見る目には呪術師らしい真剣な色があった。
「えぇ、この辺りで使う人は滅多にいないので気がかりでしたが良かったです」
 君の気持ちを優先したので呪いについて彼らに詳しく話すことができず、気がかりだったがその気がかりも無駄だった。 
「そうねぇ。もうそろそろこの都もにぎやかになるわね」
 遠慮のない手つきでお菓子を頬張り、楽しそうに言う。楽しい催しの前日のように心がウキウキしてたまらないらしい。
「あなたは人の不幸が一番の好物ですからね」
 魔女の性質をよく知っている。彼の呪術師としての仕事は主に解呪が多い。それも魔女の呪いを解くことの方が多いので心の底からうんざりしている。
「当然じゃなくて。それほど楽しくて面白いものはなくてよ」
 当たり前のことのように言い放ち、喉を潤した。
「あんまり浮かれていると大変な目に遭いますよ」
 楽しんでいる魔女に忠告のようなことを口にしたが効果があるわけがなく、魔女に笑みを浮かべさせた。
「あら、心外だわ。あたしをそこら辺にいる呪術師と一緒にしないでちょうだい。あたしがやられることはなくてよ。もし、やられるとしてもただではやられないわ」
 とてもわざとらしい口調で言い、お菓子を食べた。呪術師としての自分の腕には絶対の自信を持っている上に本当に腕がある。
「でしょうね。これから先何もなければいいのですが」
 何かと不満はあれど彼女の呪術師としての腕は認めている。そして、呪術師の勘なのかこれから先、危機的なことが起きるような気がしてならない。
「何にもなければ退屈でつまらなくてよ」
 先に起こるであろうあらゆる不幸を思い浮かべながら口元に不気味な笑みを浮かべる。
「……あなたは」
 何を考えているのか分かっているのでただうんざりするだけだ。
「さてと、たっぷりと楽しませて頂いたからおいとまするわ」
 お菓子もたっぷりと食べて話も散々して満足したのか立ち上がり、別れの言葉を口にした。
「えぇ、さっさと帰って下さい」
 引き留めることも惜しむこともせず、むしろさっさと追い出したいという感じで彼女との別れを早くしようとしている。
「まぁ、ひどいわねぇ」
 傷ついたように言うがいつものことなのでそれほどでもない。ただの偉大な呪術師の挨拶としか思っていないのでまたしばらくしたらやって来るだろう。
 魔女はゆっくりと部屋を出て行った。
「さてとこれからどうしましょうか」
 厄介な来客者が消えて一人になった偉大な呪術師は疲れたように呟き、ゆっくりとカップに口をつけた。
 騒ぎが起きる前の静かな時間をゆっくりと過ごした。