第5章 異質の呪術
ここは賢人達が多く住まう賢人の華の都。
本が盗まれるという事件が解決してから随分経つ。
大変な旅を終えた上古の探索者と再会してから三日後のある日のこと。
穏やかな午後の通りを歩く青年がいた。
年齢は18歳ぐらいで長い明るいレタスグリーン(若菜色)の髪は束ねられ、和服に似た物にサンダルに似た物を身に付けており右手の人差し指に金の指輪がはめられていた。温厚そうな青年だ。
「はぁ、久しぶりだなぁ」
大きく息を吐く青年。
その時、背後から知った声がした。
「緑樹じゃないか!! 帰って来てたのか!?」
緑樹と同い年のちゃらんぽらんとした雰囲気の青年が驚きを顔に浮かべながら立っていた。
「あぁ、焔の大賢者か。一ヶ月ぶりだねぇ。こっちも逃げようにも逃げられなかったんだよ。会えて嬉しいよ」
にこにこしながら言うが、焔は彼と違って焦りがあった。
「あぁ、オレもだ。ということでちょっと来い! 用があるんだ!」
むんずと緑樹の腕を掴み、どこかへ行こうと急ぐ。
「な、何だよぉ!」
引きずられながら訊ねるが、
「話はあとだ」
そう言うだけだった。
着いた所は裏通りにひっそりと建っている屋敷だった。
「ここって、大賢者の君の家じゃないか」
焔からようやく解放されほっと息を吐く。
「あぁ、そうだ」
素っ気なく言い、チャイムを鳴らす。
しばらくして、扉が開き、屋敷の主である少年が現れた。
「あ、焔に緑樹じゃないか! さぁ、入って!」
どういう理由で訪れたのか知っている彼は二人を屋敷へ招き入れた。
もてなしを受けた後、緑樹は一息ついて二人に訊ねた。
「で、どういうこと? 僕に用があるっていうのは」
「うん、実は力を貸して欲しいんだ。君の呪術の力を」
事件に遭った本をテーブルに置きながら言う。
「僕の呪術の力を?」
訳が分からないという顔で聞き返す。
「お前、遠い人の国出身だったろ? オレ達が使っている解呪とは違うんだろ?」
焔が言う。どれぐらいか前に呪術の話をした時のことをしっかりと覚えていたのだ。
緑樹は遠い人の国、フリキアの出身である。地図には縦長の島国として時人の国などの大陸の右側に離れて配置されている。特別な習慣や文化を持つ国であり、服装さえも違う。緑樹がいつも着込んでいる服や靴も彼の国の物である。
「うん、まぁ。確かに僕の国ではここのとは違うけど、それが?」
さらに訊ねる。
「実はこの本の呪いを解こうとしているんだが、全然できないんだ」
肩をすくめながら言う焔。
「呪いかぁ。昨日帰って来たばかりで分からないんだけど、何か事件でも?」
期待を寄せる二人を少し困った顔で見た。何か大変なことがあったのは分かるが、帰って来たばかりでまだ会議にも情報誌や噂話も耳に入れていないので詳しいことを知らないのだ。
「うん、実は……」
事情を知らない緑樹のために君が話を始めた。本の盗難、四日前に届いた呪術師の都からの手紙で知り得た犯人の名前、薬のこと、二人の呪術師のこと、彩月のことを全てを話した。
「そっか、そんなことがあったんだ。偉大な呪術師に魔女かぁ。すごいなぁ。それよりも違い目の民が犯人なんて。それ賢人総会とかで話したの?」
大変だと理解をしたはずなのに口調はいたってのんびりしている。
「話したけどよぉ、賢人以外には他言するなってさ。有り得ないことだから動揺してるんだよ。お前はのんびりしてるよな」
いつもと変わらぬ緑樹の様子に呆れてしまった。
「まぁ、他言しても黙っていれば分からないからそんなの無駄なのになぁ。それより盗まれたって本がこれなんだね?」
目が呪術師に変わり、テーブルに置いてある本を睨んだ。
「うん」
君はうなずき、本を手に取り、表紙や裏表紙とくまなく本を眺め回し、自分の能力と本の呪いを秤に掛けている緑樹を見守った。
「大丈夫か?」
先ほどまでののんびり空気が真剣なものに一変し、眺め回している緑樹にいつも以上に真剣な顔で焔が訊ねた。
「大丈夫だと思う。さっそくやってみるよ」
本をテーブルに置き、静かに右手を表紙に載せた。
「僕が使うのは以前話したように呪いそのものを解くんじゃなくてかかっているものの力を引き出したり力を与えたりして呪いを無効にするんだ」
これからすることを見守る二人に説明した。
「確か、治呪とか言ってたな。弱っているから呪いにかかるみてぇな?」
緑樹が使う呪術は焔達とは違う呪術を使うその中の一つである治呪は呪いを治すということでそう呼ばれている。他に対して理解のない多くの者は異質の呪術と呼んで自分の使う呪術と区別している。
「まぁ、そんな感じかな。さてと」
焔にいつもの軽さで答えてからゆっくりと真剣な表情になり、目を閉じて呼吸を整える。
治呪が始まった。
本に手を置いている右手は微動だにしない。ただ、呪いさえも消す力を与えていく。側から見るだけでは何が起こっているかは分からないが、実際に力を加えられている物の温度が少しばかり上がっているはずだ。対象を人間に変えた場合、温度が上がるため心地よいとか母の体内にいるようだと口にする者が多い。
「はい、これでこの本は大丈夫だよ」
作業が終わった緑樹は手を離し、目を開けた。
「早いね」
予想していたよりも早かったので少し拍子抜けしてしまった。
「こんなもんだよ」
そう言うなり本を開き、ページを次々めくっていく。
何も起こらない。ただ聞き慣れためくれる音がするだけである。
「よし、これでこの本は図書館に戻しても大丈夫だな」
解呪が上手くいったことを確認し、ようやくほっと胸を撫で下ろしながら本をテーブルに置いた。
「うん、本は僕が彩月に渡しておくよ」
うなずき、図書館で忙しくしている友人のことを思い浮かべる。これで彼も少しは休めるだろう。
「そうしたら小うるさい奴らも少しは静かになるだろうな」
会議で何かといちゃもんをつける者達のことを思い出し、不機嫌な顔になる。
「だといいけどね。でもこっちもいろいろ遭ったんだね」
役目を終えた緑樹はのんびりとお菓子を口にした。
「こっちもってお前国に戻って何か遭ったのか?」
彼の言葉に引っかかった焔は不思議そうに訊ねた。
「うん。もう大変だったよ。死人は静かに眠るって言うのは嘘だって思ったよ。まぁ、詳しいことは今度話すけどさぁ」
顔をしかめて話す。本当に大変なことばかりで帰省していいことは何もなかった。
「死人が蘇ったりとかしたのか?」
緑樹の言葉から連想されることを単純に言葉にする。
「まぁ、そんなところかな」
肩をすくめて答えるだけで何も話す様子がないので焔は聞き出すのをやめた。
「とにかく助かったよ。さっそく僕は本の解呪のことを手紙にして出したり本を返したりしなきゃね」
二人のやり取りが終わったのを見計らって君が本を手に取り、にっこりと緑樹に礼を言った。これでするべきことが終わったわけではない。むしろこれからが大変である。
「忙しそうだからオレは帰るぜ」
「また、何かあったら呼んでよ」
二人の友人は君の邪魔にならないように部屋を出て行った。
一人になった君はせっせと本が解呪されたことを手紙に書いたり本を彩月に渡したりと忙しく過ごした。
全てはこれからである。問題が一つ解決しても全てがきれいに無くなったわけではない。まだ犯人が判明しただけで捕まってはいない。これからが大変である。
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