第2章 乱される目覚めの世界
 
 
 様々な場所で起き始めた奇妙な出来事は人々の心を怯えさえ、安らぎのひとときを苦しみに変えた。
 人々は何とかしようとするが、何もできず困っていた。賢呪の国に存在する呪術師の妖しの都、地図ではパンドリアと記されている都でも犠牲者は出ていた。
 依頼者や呪術師を助ける組織がいくつも建ち並び、街の運営の中心となっているにも関わらず、何もできないでいた。
 
「最近は楽しいことばかりねぇ」
 今の状況を楽しんでいる唯一の人物が邪悪な笑みで朝の通りを歩いていた。
 外見は6歳ぐらいの愛らしい少女。おだんごや三つ編みで派手に飾り、フリルいっぱいの服装をしている。この世界は外見と中身が必ずしも一致するとは限らない世界。この少女が外見通りの愛らしい中身を持っているとは限らない。
 少女は楽しそうに静かな通りを抜けていつもの屋敷に向かった。
 
 少女が目的地としていたのはなかなか立派な屋敷。
 彼女は手慣れた様子でチャイムを鳴らして、主を待った。
 しばらくして扉が開き、主が現れた。
「……どちら様ですか」
 現れたのは肩まである艶やかな黒髪に細長い漆黒の瞳を持った少女と同い年の外見をした少年だった。ゆったりとした服装に理知的な雰囲気を持っている。
「ご機嫌いかがかしら、偉大な呪術師」
 少女は嬉しそうに挨拶をした。
「悪趣味なあなたにとって今は楽しいでしょうね、魔女」
 艶のある澄んだ声は少し不機嫌な色に変わった。声と表情が訪れた人物と関わりたくないと訴えている。
「悪趣味って失礼じゃなくて」
 文句を言うも本気にはしていないらしく表情は上機嫌のまま。
「ともかく、今日は何ですか?」
 相手にせず、さっさと目的を訊ねる。
「あなたが愉快な夢に出会ったか確認しに来たのよぉ」
 口元を歪ませ、不機嫌な偉大な呪術師を見た。
「……見ていませんよ。これで満足ですか」
 ため息を吐きながら答え、さっさと追い返そうとする。彼女に関わって楽しいことは一つもないのはよく知っているので。
「あら、そう。依頼もないのかしら」
 ひどい扱いを受けても気にしない。彼女にとって偉大な呪術師の挨拶の一つとしか考えていないのだ。
「今はありません。あなたはあるのですか?」
 素直に答え、魔女に訊ねた。
「当然じゃなくて」
 下唇を嘗めながら目を狂気に光らせる。心がこの上なく楽しいと言っている。
「そうですか。他の呪術師が夢では難しいと言っていますが、あなたはあっさりですね」
 屋敷に引きこもっていることが多いが、何も情報を知らないわけではない。今回が難しいことであることはよく理解している。
「そうよぉ。あなただって受けるでしょう」
 にたりと口元を歪ませながら答える。
「……えぇ、受けるでしょうね」
 魔女の言葉にうなずく。彼女とは違って本当に人助けとして彼は受ける。
「こんな楽しいこと受けない方がおかしいものねぇ」
 すっかり頭は呪術のことでいっぱいになっている。自分の楽しみ以外どうでもいいのが彼女の性格。それに巻き込まれるのがいつも偉大な呪術師なのだ。
「依頼料は無料でもすることがひどいですからね、あなたは」
 呆れたように言う。今までの厄介なことを思い出している。彼が呪術師として活躍するのは魔女がらみがほとんど。魔女は依頼料は無料だが呪術はお任せで解呪は一切しない。
 そのため噂では呪いで多くの命を奪ったと言われ、恐れられている。
「そうかしら。あなたがいるからいいじゃなくて。解呪はあたしの趣味じゃないもの」
 当然のように言いながらも偉大な呪術師の腕は認めている。自分の呪いを解呪できるのは彼だけなので。
「はいはい。話も終わったのですから帰って下さい」
 これ以上彼女に付き合いたくないので再び追い返そうとする。
「分かったわ。やらなければならないこともあることだし」
 珍しいことに屋敷に上がることなく素直に引き下がった。気持ちはもう呪術のことでいっぱいだ。
 
「賢人の都は大丈夫でしょうか」
 厄介者を追い返した偉大な呪術師は賑やかな二人の大賢者のことを思い浮かべていた。
 彼らが無事であることを願って。
 
 前日、一人の大賢者と森の声を聞く者が悪夢を見たこと、この日歴史の大家と夢の人が話し合いをしたこと、上古の探索者が悪夢を見ること。
 他の場所で一つの事件を巡っていろんな人が動いていた。
 ただ、どの人も願うのは無事であることばかり。