第4章 天空城
 
 
 浮島にある唯一の建物に近づいて行く。
 近づくにつれ、天空城の細かい部分がよく見えてくる。
 どんな白よりも白く、これが本当の純白なのかというほどである。入り口の扉には緻密な彫刻があり、扉には優美な薔薇が刻まれている。
「……夢で見たものよりもずっと美しいものですね」
 ハカセはほぅとため息をつくように言った。それほど素晴らしいのだ。
「さぁ、中に入ろう!」
 番人は見とれているハカセに声をかけ、扉を開けた。
 扉は軽い音を立てて開いた。
 二人はゆっくりと中に入って行った。
 
 中は扉と階段以外は無く、あらゆるもの全てが真っ白だった。しかしよく見れば真っ 白という言葉は間違いで少し青みが混じっている。それがまた美しさを高める要素となっていた。
 二人は純白の大理石を踏み、前方に見える扉に向かった。
 扉は重々しく立っており、奥に何か重要なものがありそうに見える。
「……扉ですか」
 じっと扉を見つめ、隣にいる番人の方に顔を向けた。 
「……そうだね」
 そう言うなり番人は扉に近づき、ノブを回したが、鍵が掛かっているのか開かない。それで諦めることはせず、右の人差し指を小さな鍵穴に当てた。
 途端、指先から白い光が溢れ、光は鍵穴に呑み込まれると同時にカチッという音と共に扉が開いた。
「すごいですね」
「全然すごくないよ。中に入ろう」
 ハカセの感心に照れながら急いで中に入ると中は広く何もない。ただ白いだけだ。
「ここは会議とかに使う場所だよ。僕はここで番人に任命されたんだ」
 迷いのない足取りで番人は部屋の中央に立ち、右手を空中で広げ、壁に手を当てるかのように広げたまま停止する。
 番人が塔の者の仲間だと認識したのかしばらくして輝線が指を縁取っていくと同時に右手を中心に様々な文字が広がり、部屋を埋め尽くす。 
「……情報、ですか」
 見たことのない文字だが、一体何を示しているのかは何となく分かる。そして、大変なことの中に自分がいることもよく理解している。
「まずいよ!!」
 突然、情報を確認していた番人が焦りの声を上げる。
「どうしました?」
「このままだと全てなくなってしまうよ。そう書かれてる。しかも実行されてる」
 文字から目を離すにハカセの質問に答える。
「ハーブの仕業ですか?」
 どういうことなのか分かったハカセはさらに訊ねた。
「たぶん。でも、元に戻すことができないようになってる」
 うなずき、右手を離してゆっくりと目で文字を辿りながら言う。
 彼の知らないうちに事態は悪くなっていたようだ。
「どうしますか?」
「最上階に行くしかないかも。この塔は五十階建てでそれぞれの階に情報を分割しておいてあるんだ。最上階には全ての情報があるからそこに行けば何とかなるかも」
 ハカセは焦ることなく次の行動を訊ねた。その反対に番人は焦りの声で答えた。
「それでは、急ぎましょう。まだ間に合いますよ」
 確信に満ちた声には今の状態を何とかできると知っていた。
「うん」
 番人はもう一度右手を宙に広げるとそれが合図かのように文字が一斉に右手に集められ消えた。
 二人はこの部屋を出て、入った時と同じように鍵を閉めて最初の地点に戻った。
 右手には長く続く階段の入り口がある。
「……かなり長そうですね」
 上を見上げ、何気なく言った。そこには感心の調子があり、げんなりした様子はない。
「うん。でも僕らにはのんびりと階段を楽しむ時間は無いから……」
 と言って木箱をハカセに押しつけ、人が乗れるくらいの大きさの鳥に変わった。
「……すごいですね! それなら早く行けますね」
 感心の声を上げ、番人の姿を見回す。
「うん。さぁ早く乗って!」
 ハカセを促し、背に乗せ、天へ飛び立った。
 
 鳥が起こす風が頬に当たる。景色が目の端へ飛んでいく。
 景色を味あう時が来るだろうか。これがここに来る最後の時になるのでは無かろうかと残念な念に駆られるハカセ。
 天を見上げ、
「もうそろそろ着いてもいいと思いますが、まだなんでしょうか?」
 番人に訊ねる。声には何か心配事があるような色だ。
「いや、もうそろそろのはずなんだけど……」
 濁った声が答える。
「もしかして私達は罠にはまったのかもしれません。塔はハーブの呪いの中心」
 冷静な声でとんでもないことを言う。
「かもしれない」
 そう言って番人は空中で止まり、辺りを見回した。
「……上に行けば行くほど何かまとわりついて動きにくい。このままじゃ」
 体から力が消え、とどまるのに精一杯でこのままでは墜落するかもしれない。
 ふと周りが白から黒に染まっていくことに気付いた。
「闇に染まっていますね。……呪いみたいですね。どうしますか?」
 冷静な声で指示を仰ぐ。ハカセはいつも冷静だ。何が起ころうとも。
「……箱から薔薇を出してこの闇を照らして!」 
 はっきりした声で指示を出す。
「分かりました」
 急いで箱から薔薇を一本取り出し、宙へ突き出す。
 途端、光が薔薇を縁取り、二人を包んでしまう。
 まとわりつく闇は追い払われ、闇の中に扉が浮き上がる。
「番人!」
 と番人を促す。番人は一直線に扉に向かった。
 扉に着いたのはいいが周りは闇。天井も床もない。
「……扉を照らしてくれたのですから周りも……」
 ハカセがその続きを言うより早く番人が言った。
「うん。早く、薔薇を落として!」
 ハカセはその指示に従った。輝く薔薇はゆっくりと光を放ちながら落下していく。
 薔薇は光となり、闇を舐めてしまう。次第に風景は色を取り戻し、天井と床が現れる。
「降りるよ」
 そう言って、番人はゆっくりと床に着地する。
 そして、ハカセを降ろすと少年の姿に戻る。
 重々しい扉が二人の目の前にあった。番人はノブに手をかけ、確認してから一階で見せた方法で鍵を開けた。
「さぁ、入ろう。ここに全てがある」
 二人は扉の中へ入って行った。
 
 終わりが近づこうとしている中、二人はただそうならないことを胸に願い、消えた最後の灯りに火をともそうとしている。