第1章 嵐の前の静けさ
 
 
 賢人の華の都から本が盗まれ、取り戻した本の呪いを解いてから五日目の朝。
 今頃、呪術師の妖しの都では届いた手紙を読んでほっとしている頃だろう。
 しかし、今この賢人の住まう都では安心などできない状態であった。
 
「気味が悪いよな」
 静かな裏通りから焔の声がする。
「そうだね」
 カップに口をつけてうなずく君。
 二人は午後の時を君の屋敷で過ごしていた。
 二人が語っているのは三日前から続けて起きてる事件についてだった。
 その事件とは、土葬用の墓場という墓場が荒らされて死体がすっかり消えているというものだった。それが一体とかならただの盗みと済ますことができるのだが、ごっそりと消えているので不気味としか言いようがない。他の都のように死体に悪さを防ぐために呪いをかけているものも多くない。しかし、それも意味がない。呪いも解かれて盗まれているのだから。当然、賢人総会で話が出たが、対策について議論するばかりで実行に移す気配が無い。先の違い目の民の事件があるためか焦りは見られたが。
「……で、お前はどうするんだ? 調べるんだろ?」
 君のことをよく知っている焔はお見通しという目を少年に向けた。 
「少し気になるし、焔も調べるんでしょう」
 自分と同じ考えだろう彼に笑みを浮かべながら訊ねた。
「そりゃなぁ」
 肩をすくめながら答えた。賢人総会では何も分からなかった。もう自分で調べるしかないのだ。
「じゃぁ、今夜、墓場にでも行ってみようか」
 早速、予定を立てる。何事も早い方がいい。時間や場所などの細かいことを決めた。
「そうだな。また、夜」
 今夜の準備をするため焔はいつもより早く君と別れた。
 この時、二人は事件を知りたいというだけで、巻き込まれることは考えもしていなかった。この後、さらにとんでもないことになるとは思っていないだろう。
 
 何が起きても相変わらず静かな図書館で一人の青年がぼんやりと読書の手を止めて考え事をしていた。
「あの事件と似てるなぁ。紫乃絵に知らせてみよう」
 遠い人の国で起きた死人使いの事件を思い出す。あの時も次々と死体が消えていった。
 おそらく今回も同じだろう。とりあえず、自分では判断できないので友人に委ねることにした。
「そうと決まれば」
 立ち上がり、本を棚に戻してから急いで自宅に戻り、手紙を出した。
 
 彼が書いた手紙は無事遠い人の国に着いた。
 今、事件のことをよく知っているのは彼だけである。
 誰もこれから起きることは予想していなかった。