第1章 呪われた鏡
 
 
 不思議な物は様々な場所に存在している。その不思議な物の一つに静華の国にあるレリック家の鏡という物があった。
 それに興味を抱いた者は数多く、滅びた者もそれに等しく多かった。
 
「ここがレリック家、立派ね」
 上品な服を纏った6歳ぐらいの外見をした少女が立っていた。
 その少女の視線の先には早朝の清々しい太陽に照らされている古さのある立派な金持ちの屋敷があった。
 門の奥でで中年の小太りの男が一人掃除をしていた。
 門に掛けられた管理室の案内板を気にすることなく少女は門をくぐり、男に近づいた。
「ここの管理人さんですね。私は大賢者ローズ。この家にある鏡を見に来た者です」
 丁寧に言葉をかける。
「あぁ。昨日、管理人室に頼みに来た人だね。本当だったとは」
 多くの犠牲が出てからめっきり来訪者は減ったので信じてはいなかったらしい。
「それで、お願いできますか?」
 相手がどう思おうが関係ないらしく、さっさと話を進めた。
「危険を承知してということなら構いませんよ。それが私の仕事ですから」
 管理人はローズを導き、屋敷の中に入って行った。
 
 中は広く、管理がきちんとされているらしく埃一つ無い。
 廊下の壁にはところどころに主や婦人の肖像画が飾られており、美しい微笑みを浮かべていた。
「……この家の者ね。確か、レリック家は凄腕の呪術師の家だと聞いたのだけど」
 笑みを浮かべている肖像画を眺めながら前を歩く案内人に訊ねる。
「えぇ、そうです。とても強かったそうですよ。ある日、呪われた鏡に出会ってから全てが狂いだしたそうです。解呪ができず、次々に亡くなったと聞きます。鏡からありもしない音が聞こえたら大変だそうです。それが聞こえたらすぐに鏡から目を離すことです。呪術師としての誇りでレリック家は他の者に頼むことをしなかったため滅び、鏡は秘石素材の布で封印されることになったんです」
 訪問者にいつも聞かせる話をする。ローズは熱心に聞いている。
「ここにあります」
 案内されたのは一階の奥の部屋だった。
 
 部屋の内部は整然としており、本棚や机などがありし時のままそこに存在していた。 管理が徹底しているおかげか埃はどこにもなかった。
「ここが当主の部屋です。鏡は」
 本棚の一番下についている鍵付きの引き出しの前に立ち、管理人はズボンのポケットから鍵を出して開けた。
「それが」
 引き出しから出てきたのは秘石素材の布に包まれた手鏡だった。
「そうです。この布で呪いを少し抑えてはいますが、解呪はできていませんので」
 手鏡をローズに渡した。
「そうですか」
 じっと布に包まれたままの鏡を見つめ、管理人に答えた。
「鏡から有り得ない不思議な音が聞こえたら危険です」
 ローズにもう一度警告をした。
「分かりました」
 しっかりうなずき、ゆっくりと布を解き放った。
「……鏡面も秘石ね。でも」
 長い時を経ているというのに傷一つ無い美しい鏡面を見つめた。
 よく見れば、美しいだけではなく秘石に感じる力さえ確認できる。それもとても強い力を。
「どうですか」
 恐る恐る鏡を見ているローズに訊ねた。
「とてもいい物ですね。使われている秘石が」
 管理人に感想を言おうとしたが、途中で言葉が途切れた。意識が鏡に向いたというより呑み込まれてしまった。不思議な言葉に表現できない音が聞こえたような気がした。
「この音は」
 不思議な気がしつつも妙に心が惹きつけられる。
 鏡によって命を奪われた多くの者と同じ状態にある。
 しかし、ローズは違った。
「……!!」
 心が鏡に満たされる寸前、危険を知らせる警鐘が鳴り響き、意識を取り戻した。
 取り戻すなり、すぐに鏡を布に包んだ。
「……本当にすごい物ね」
 感想はこの一言だった。
「大丈夫ですか?」
 管理人が心配そうに訊ねた。
「えぇ、大丈夫です。しかし、鏡をこのままにしておくわけには」
 息を吐きながら布に包まれた鏡を見た。
 もう少し遅かったら自分も多くの人達と同じ運命を辿っていたかもしれない。多くの旅で培った勘が自分を助けたようだ。
「しかし、解呪できる者はいないので。この鏡がレリック家に来た経緯も妙で家の前に置かれていたというものですから。解呪出来ない呪いはないともてはやされたレリック家への嫌がらせではないかと言われています」
 困ったように答え、鏡を見た。解呪ができないため秘石素材の布で抑えることしかできない。普通の布では呪いを抑えることはできず、布越しであっても人の心をあっという間に呑み込んでしまうだろう。
「そうですか。あの、この鏡をしばらく貸してはもらえませんか?」
 鏡を見ている間、あの小悪魔な笑みを浮かべる人物が浮かんだ。
 あの人なら何とかできるかもしれない。
「どうするつもりですか」
 予想外の言葉に管理人は少し驚きながら訊ねた。
「知り合いに凄腕の呪術師がいるのでその人に頼んでみようと思います呪いはない方がいいですから」
 ローズは呪いにかかった鏡を見つめながら答えた。多くの命を奪った鏡。これからも奪うかもしれない鏡。
「しかし」
 管理人は言葉を濁す。呪術師の屋敷のため管理人がついてるが、レリック家は鏡があるためと言ったほうが正しい。管理人がついてから鏡で亡くなる者は少なくなった。
「大丈夫です」
 きっぱりと言い切った。ローズにはうまくいくという確信があった。
「……あなたが訪れる前に秘石使いが一人来たのですが、呪いにかかって大変なことになったのですよ」
 ため息をつきながら少し前に起きた出来事を話した。
 その時もローズと同じように鏡を見せて欲しいとやって来て鏡を見せたが、危険を察知して管理人が鏡に布をかけた時は遅かった。
「その秘石使いは生きてるんですか」
 気になって訊ねた。自分ももしかしたら命を落としていたかもしれない状況だったのでなおさらである。
「えぇ、秘石によって身を守ることはできたのですが、意識が戻らなかったためあらかじめ教えていただいた所に連絡し、その方の知り合いを呼びました」
 うなずいてから答えた。秘石使いを案内したのも彼らしく心苦しそうに眉を寄せていた。
「……大丈夫です。お願いします」
 力強く言った。引き下がる気はない。被害者が出たと聞くとなおさら何とかしたいと思う。
「……分かりました。管理人室に案内しましょう」
 ローズの強い目を見て断ることができないと分かった管理人は彼女を管理人室へと案内した。ローズの手にはしっかりと鏡があった。
 レリック家の近くに建てられた建物、管理人室へ行き、鏡を借りるための手続きを済ませてから無事借りることができた。
 
 レリック家を離れたローズは昼が近づきつつある通りを歩いていた。
「さてと、あの呪術師にでも会いに行こうかな」
 足を止めて鏡の入ったスーツケースを持ち直した。久しぶりの再会を心に描き、少し嬉しくなる。そこでまた違うことが頭に浮かんでくる。まだ気になる人達が他にもいた。旅のついでに顔を見に行ってもいいかもしれない。
「その前にあの人達に会おうかな。いろいろと気になるし」
 青い空を見上げてからまた歩き出した。
 
 
 上古の探索者が向かったのは賢呪の国にある賢人の華の都だった。