第2章 悲しみの少女
 
 
 愛らしい旅人ローズが訪れたのは美しい街。思跡の国の下部に存在する咲き誇る蕾の国、地図ではフロルボンと記されている大陸に存在するフロミアという右下に位置する街を訪れていた。多くの人が花の都と呼ぶ街。
 
「……アイル君、どこかに行ったのかな」
 旅人ローズは静かな通りの一角に立っていた。そこには何にも無く、彼女の目も残念そうだった。
 以前は瑞々しい造花を売る少年がそこで店を開いていたのにその面影さえ無い。
 会っていろいろと話したかった。何より彼が無事なのかどうかが知りたかった。
「……またどこかで会えるといいんだけど」
 無事ではない姿は思い浮かばないし浮かべたくないローズはただ再会出来ることだけを願ってその場を後にした。
 
「……どうしよう」
 すっかり予定が狂ったローズは困ったように呟きながら通りを歩いていた。
 どこもかしこも花ばかり。鮮やかな色や匂いが溢れかえって目や鼻が痛くなるほど。
「……とりあえずこれからどうするか考えよう」
 この街の宿で体を休めるか旅を続けるか結論できないままだった。時間は午前中で時間はたっぷりとあるのでとりあえず歩きながら決めることにした。
「あれは」
 歩いていたローズの足が止まった。
 彼女の目が留まったのは広場のベンチで休んでいる一人の少女。
「あの子は」
 見覚えのある少女。三つ編みに頭部がくるりと跳ねている少女。
 白歴で出会った少女に間違いない。
 また出会えるとは本当に何かの縁があるのかもしれない。
 当然、ローズが取った行動は一つ。
「声を掛けてみよう」
 少し呼吸を整えてからゆっくりと彼女が座るベンチに向かって行った。
 どんな言葉を掛けようかと考えながら。
 
「……こんにちは」
 いろいろ考えた末の第一声。とりあえずは挨拶から。
「……こんにちは」
 相手もローズに気付き、挨拶を返した。
「あの、白歴で歌っていましたよね。人を探している途中だと」
 挨拶以外何も返さない少女に自分から話を続けた。自分達が出会うのはこれが初めてではないと。
「……あの時の」
 ローズに言われて思い出した少女は目の前に立つ巻き毛の少女を見た。そう言えば少し見覚えがあって言葉を交わしたことがあるような。
「私はローズ。大賢者で上古の探索者をしています」
 思い出してくれたところで改めて名乗った。
「……上古の探索者ということはいろんな所に行ったりとかいろんな人に出会ったりとか」
 少女はローズの名前よりもその身分の方に興味を持ったようで名乗るよりも先に質問をした。
「えぇ」
 質問の意図が分からないままローズはうなずいた。
「それじゃ、クルハと名乗る女性を知らない? 17歳ぐらいの外見に長い髪でよく笑う人なんだけど」
 少女は探し人について話した。少しの期待を顔に浮かべながら。
「……残念だけど」
 ローズは今までの旅を思い出すも少女の探し人と一致する女性はどこにもいない。期待を外す答えに言葉が濁る。
「……そっかぁ、ありがとう。アタシはケルン」
 少女は言葉を濁すローズの様子から答えを知り、礼を言った。
 そして、名乗っていないことを思い出して急いで名乗った。
「……もし、その人に出会ったらあなたのことを話しておくから」
 知らないという答えだけで終わらせるにはあんまりだと感じ、力になろうと思った。旅はこれからもずっと続けるのだから。今まで会わなくても今から会うかもしれないのだから。
「……ありがとう。でも、クルハはもう死んでいるかもしれない」
 ローズの申し出に少し嬉しそうな顔をしたが、表情は一瞬で悲しそうなものに変わった。
「……でも」
 どう答えればいいのか分からず、困った顔でケルンを見た。
「クルハは星霧街でいろんな人に占ってもらっても結果は同じで死んでしまうと。死待ちのクルハと言われるほどで」
 ケルンは急に自身のことについて語り始めた。
 視線は澄み切った青空を見ている。友人がこの空をどこかで見ていればいいのだが。それも生きた状態で。
「急にいろんな街の不思議なものを見てみたいと言って街を出て行った。星霧街にいるのに飽きたと言って」
 今でも思い出すことが出来る。いつもと変わらない明るい笑顔の彼女。街を出ることを想像してか輝いている瞳。心配しているのは自分だけ。
 そして、今はその自分の心配が現実になったのではないかと不安を抱いている。
「……それで白歴にもいたのね」
 納得したローズは話がまだ続きそうなのを感じてケルンの隣に腰を下ろした。
「でも白歴にもいなかった。アタシの占いだけが他の人と結果が違っててだから信頼してくれて友達になったのに。その別れる時の占いは他の占い人と同じだった」
 ため息をつきながら話を続けた。占い結果を読み解いた時の緊張を思い出しながら。
「……それを伝えても行くことはやめなかった。星夜の街や奇憶の街に行ってから一度戻って来るって言っていたのに」
 結果は他の占い人と同じだった。自分は言い淀み、迷った。真実を言うべきか嘘を言うべきかその迷いがクルハに真実を伝えた。何度も街を出ることを止めても笑顔で一蹴された。その時、強く止めておけば良かったのかもしれないと後悔ばかりが募る。
「……戻って来なかったのね」
 言葉の濁りから話を読み解いた。
「それで探しに行こうと思って。約束していたから、もしものことがあったらアタシの歌で見送って欲しいと」
 クルハが毎日言っていた約束を果たすためにケルンは街を出た。ほんの少しだけ希望を胸に抱いて。
「……だから、占いは控えるようにしたのに。出るのはいい結果ばかりじゃないし悪い結果だったら相手だけじゃなくて自分も辛くなるのに。歌う方がどれだけ」
 事の成り行きを語った後、口にするのは自分の思い。占い人として活発に活動していた時のことを思い出す。良い結果を話す時は何の問題もない。悪い結果を話す時が辛かった。その結果を笑って受ける者、信じて落ち込む者、大変なことをする者など様々で言葉というものがあまりにもひどいように思った。どんなに言葉を尽くしても伝える結果は変わりないから。そのことで随分自分の心が塞いだこともあった。
「占いは絶対的なものじゃないと分かってるけど」
 結果を読み解く度にクルハに何度も言っている言葉。そうであって欲しいという自分の希望の言葉。占い人でありながら、占い通りにならなければいいと願う言葉。
「……会えるよ。この世界には不思議なものがたくさんあるけど、人の想いほど強いものは無いんだから。あなたのその想いがきっとクルハさんに会わせてくれるよ」
 話が一段落したところでローズは自分と違って楽しみのない旅をしている彼女に励ましの言葉を贈った。会ったのはたったの二回だが、ケルンが生きているクルハと再会出来ることを願わずにはいられない。
「……ありがとう。でもごめんなさい。こんな話をしてしまって」
 ローズに礼を言い、喋り過ぎたことに気付き、謝った。会ったのはたったの二回で浅く、こんな暗い話をするにはあまりにも互いを知らないというのに喋ってしまった。誰かに聞いて貰いたかったのかもしれない。この事情は全て自分の胸の奥に押し込んでいたから。
「ううん。あなたにまた会いたいと思ってたから。何かの縁があるんじゃないかって。こうやって旅人をしていると縁というものがすごく大事に思えるの」
 ローズは首を振りながら答えた。最初に出会った時からまた会いたいと思っていた。縁があればいいと。旅人にとって出会いは多いが、それが一度きりのことも多い。
 だから、誰かに出会う度に思う。また出会えますようにと。
「……縁」
 ケルンはその言葉を噛み締めた。ローズと出会ったのが縁ならばクルハと出会ったのも縁。その縁はまだ切れてはいないはず。自分がこうやってクルハを探している限りは。
「……本当にありがとう。また、どこかで」
 落ち着いたケルンはベンチから立ち上がり、ローズに礼と別れを言って人捜しの旅に戻っていった。
「えぇ、どこかで」
 ローズも答え、見送った。
「本当に再会できたらいいけど」
 ローズはケルンの旅に光があることを願った。
 しばらくして彼女も動き出した。今夜休む宿を探すために。