第1章 静かなる歌葬
 
 
 外見と中身が必ずしも一致するとは限らない不思議な世界、トキアス。多くの人は親しみと畏敬を込めて思い人の世界と呼ぶ。
 その世界で最近、狂った夢によって多くの人が命を落としてしまった。事件はある狂った呪術師によって解決した。残り火を残しながらも。
 
 ある旅人が訪れたのは歴史家が多く住まう街、白歴。
 そこで旅人は知人に会い、これまでのことをいつものように話して時間を過ごした。
 今はその帰りである。
「ふぅ。これからどうしようかな」
 歩いていた足を止めてぼんやりと呟いた。
 そんな旅人は外見年齢は6歳ぐらいの少女。金髪の巻き毛を両脇で二つに結び、薔薇の髪留めをつけている。上品な服装に手にはしっかりと愛用のスーツケースが握られていた。
「私もまだまだ」
 思わず呟いてしまった。先ほどまでこの街に住む知り合いの歴史家と話していたのだ。最近起きた歪んだ夢について。あの人のおかげで自分は助かったのだ。しかも、犯人と接触して何も恐怖を抱かなかったと言うのだから。いつもながらに驚き感心する。
「本当にハカセに怖いものなんてあるのかしら。それよりあの本のことを聞くの忘れてたなぁ」
 思わず愚痴りに近い呟きを洩らした後、彼女は歩き始めた。
「少し街を歩いてからどこかに行こうかな」
 すぐに街を出ることはせずに歩き回ることにした。旅に目的はないので慌てることはない。
 歩く通りは以前と何も変わらない。今までにも大変なことは起きたが、その度に解決し何事もなかったかのように通りは賑やかさを取り戻している。
「本当に何も変わらない」
 嫌味や感心のない声音で呟き、気ままな彼女は賑やかな通りを外れて裏通りへと入り込んだ。
 
 どんな街でも同じだが、静かな裏通りはどこか別世界のように感じる。
 心なしか見上げる空も暗く見える。
「……本当に静か」
 寂れた家々、店々の横を通って行く。人の気配さえしない静かな空気に呟く言葉さえ小さくなってしまう。
「……」
 少し歩いたところで彼女の足は止まった。
 どこかから歌声が聞こえてくる。静かで優しく少し悲しくも聞こえる歌声。
 足は自然とその歌声を辿って行った。
 
「……ここから」
 辿り着いたのは見て明らかな廃屋。当然、扉は古びて壊れている。中から聞こえる歌声を辿って廃屋に入って行く。
「……どこから」
 辺りを確認しながら歌声を辿って行く。緊張と期待で鼓動を速くしながら。
 目的地には思ったより早く辿り着くことができた。
「……あの子が」
 視線の先にいたのは床に座り込んだ一人の子供。
 後ろ姿なのでどんな顔をしているのかは分からないが、薄い金髪の三つ編みにくるりと頭部の髪がはねていることは見て分かる。
「……」
 静かに歌が終わるのを待つ。しっかりとスーツケースを握り締め、音を立てないように息を潜める。
 近くで聴くとますます歌声に心を吸い込まれていく。別れに対する果てしない悲しみと寂しさ。再会への望みと安らかなることを願う優しい音。綴られた歌はそれほど長くは続かず、しばらくして静かに終わった。終わると共に綴られた言葉は空気に消え、静けさだけが支配する。先ほどまで歌声に満ちていたとは思えないほどの静けさ。
「……」
 歌が終わり、観客は緊張した。どんな歌い手なのか黙って聞いていたのはまずかったかと。
 ゆっくりと歌い手が立ち上がり、こちらに振り向いた。
「……」
 歌い手は11歳ぐらいの外見をした少女だった。ケープにスカートと靴下を履いている。上下共に真っ白で唯一の色は履いているタイツと靴とチョーカーのワインレッドだけ。顔立ちは丸顔で優しい感じだ。
「……あなたは」
 床には倒れている男性が目に入り、言葉を呑み込んでしまった。眠っているように見えるが、そうではないことが何となく感じる。
「……さっきのは送り歌」
 少女が奏でていた歌がどんなものなのかを倒れている男性を見て察した。
 送り歌とは歌の都で主に行われている歌で死んだ人を見送る葬儀、歌葬(かそう)で歌う歌のことである。歌うものにはこれといった決まりはなく故人の好きな歌を奏でることが多い。花で送る花葬(かそう)と音が似ているため歌送りと花送りと両者を区別することもある。
「人を探してる途中で見かけてあまりにも可哀相に思ったから」
 少女は静かに目を閉じた男性に視線を向けながら答えた。何があってこんな寂しい所で死んでいるのかは分からないが。
 答えた少女は旅人の横を通り、外に出て行ってしまった。
「あっ、ちょっと」
 まだ名前さえ名乗っていない彼女は慌てて追ったが、すっかりどこかに行った後だった。
「行っちゃった。またどこかで会えるかも」
 少し残念そうに呟いた。すれ違うだけで言葉を交わさない人は多くいる。少しだけでも交わすことができたのだからそれで満足しなければならない。きっとこの次もあるはず。出会ったということは縁があるということ。まだ名乗ってさえいないのだから。
「私も行こう」
 彼女はあの少女が伝えているのか分からなかったので男性のことを知らせた後この街を出た。
 気ままな旅をするために。