第18章 旅は続く〜終わりから始まりへ〜
 
 
 太陽の光がほのかな煌めきとなっていた。もう少しすれば完全に夕暮れである。
 上古の探索者は二人の大賢者と別れた後、都を出る前に食事をして行こうと近くの飲食店に入った。
 
 飲食店は広く清潔であった。まだ夕食には早いのか客は少ない。少しすれば人は多くなるだろう。ローズは窓際の席に座った。適当に注文をした後、水の入ったコップを見ながら思いに耽った。
 ここまで来るのにどれだけの道を歩いたのだろうか。いろんな街に行き、いろんな人に出会い、いろんなものを見た。様々なことがあった。今思うとそれら全てが泡か幻か夢のように思えてしまう。自分は本当に偉大なる世界の中心に行ったのだろうか、と。
「始まる前はいろいろ大変だと思ったけど、終わってみるとそれほどでもない」
 コップを見つめながら呟いた。
「物事って実行してみると何でもないことばっかりね。本当に」
 そう思った時、注文していた物が来て顔を上げ、それを受け取った。
 そして、優雅に夕食を食べる。
「……でも」
 彼女は不意に食事の手を止めた。
「旅人は旅人ね。どんなに多くの出会いがあっても知ることができるのは聞いて知ることができる過去だけ。存在できるのは今という時間だけね。出会った人がどうなるのかなんて知ることができないもの」
 彼女は食事を再開した。
「助けることも見ることもできない。全て終わった時に知る」
 それには、天空城や幻の森を見ることができなくて残念という思い、ソフィーに会えなかったという悲しみがあった。そして、本の盗難、呪術師の妖しの都で起きた事件についても言えるし、不思議な薔薇のことも。あの薔薇はきっと歴史の大家を何かに導くかもしれないそう思えた。きっと関わり合いになることは無いだろうという思いも同時にあった。それは予感でしかないが。
「……仕方の無いことかもしれない」
 と呟いた後、黙々と食事をした。
「大変な事件が起きるなんて大丈夫かしら。きっとあの人達なら大丈夫だろうけど」
 また手を止めて窓の外を眺め、思いを馳せた。大賢者二人は大変な解呪に必死である。事件があった呪術師の妖しの都に住んでいるあの魔女はどうしているだろうか。少し心配だが、それが無用であることは知っている。
「いつも平和とは限らないのね。きっとこの先にも何かあるだろうし」
 ぽつりと柔らかい黄昏の空を寂しげに見た。
「……常に世界は変化している、か。その通りね」
 彼女はある歴史家の知人の言葉を口にした。
 変化はいつもある。昨日咲いていた花が枯れたという小さなものも変化である。上古の探索者の彼女ならそんなことは日常茶飯事だが、今はそれが恐ろしい何かの前触れのように感じる。
「……ふぅ」
 ため息をついてから食事を再開し、すぐに終えた。伝票を持ってレジに向かい、勘定を済ませて外に出た。
 
 外はオレンジに夜の闇が混じり始めていた。
「少しゆっくりしすぎちゃったかな」
 ローズは道を歩いていた。
 黄昏色の光が少しずつ小さくなり、しばらくすれば静かな闇が世界を支配するだろう。
 乾いた風が彼女の頬をかすめる。
「……本当に終わった」
 足を止め、一日が終わりつつある空を見つめるとそれが実感できる。長い旅だった。それが今終わったのだと。胸がとても切なくなる。
「……これからどうしようかなぁ」
 彼女は空から前方に視線を移動した。
 今まで訪れた遺跡に行くつもりであるが、それもはっきりしたことは考えていない。今の旅を終わらせることに必死だったのだ。
「どちらにしろ私は旅をやめないけど。旅は私にとって生活で私の存在がある場所。やめるわけにはいかないもの」
 それだけは決まっていることであった。
「私は私でありたいし」
 彼女はもう一言呟いた。自分の存在がある所、そここそが自分でいられる所。その場所を失いたくはない。平和は脆く、命は儚いのだから。
「…………」
 口を閉じてスーツケースを握り直し、行くべき道を見つめた。
 そして、
「さて、次はどこに行こうかな。呪術師の都に行こうかな。その前に少し休もうかな」
 ローズは夜が迫りつつある道を歩き始めた。
 まだまだ旅は続く。
 
 今回の旅は上古の探索者の多くある旅の一つにしか過ぎないが、大きな一つとなったことは間違いないだろう。