第2章 別れと願い
 
 
 いつもと変わらない毎日が来るとは限らないのに人は同じ日が来ると信じている。
 占い人の街、星霧の街に住む歌う占い人ケルンもそう思っていた。
 何もかも変わらないと。
 いつものように友人クルハがやって来て彼女のために占いをする。
 そして、結果も大したことのないものだと思っていた。
 しかし、同じというものが常に続くとは限らなかった。
 
 爽やかな朝の喫茶店。
「ねぇ、結果はどう? 私の旅立ちは明るいもの?」
 クルハは緊張しながら硬貨とにらめっこをしているケルンを急かした。
 急かす彼女の横には旅行用の鞄があった。
「急かさないでよ。読み解くから」
 急かす友人に答えてから改めて硬貨を確認する。途端、ケルンの表情が曇った。 
「……ケルン?」
 曇り顔の友人に怪訝そうに結果を促す。
「……結果は」
 ケルンの言葉は濁った。今まで何度も想像していた。こういう日が来ることを。その度に自分はどうしようかと考え続けていた。答えは出ないなりにも考えてはいたが、想像と現実は違う。この時のケルンには真実を告げることも優しい嘘をつくこともできないでいた。
「もしかして、出てしまった? 私の死が」
 クルハはケルンの様子から占いの結果が何であるかを悟った。
 そして、ケルンが自分を気遣って言葉が出ないことも。
「クルハ、旅立つのはやめた方がいいよ。もしかしたら何かあるかもしれない。もう一度占いをやり直してみるから」
 出た結果を信じたくないケルンはいつになく焦った声で答え、硬貨をばらばらにして結果を消していく。
「ケルン、占いは同じ事を何度も占うものじゃないんでしょ。大丈夫だから」
 自分以上に焦っている友人を落ち着かせようと言葉をかけた。クルハはとても落ち着いていた。こういう日が来るといつも覚悟していたから。
「……それは分かってるけど」
 占い人である彼女が最初の結果に一番の意味があることはよく知っている。だけど、友人としては信じたくはなかった。ただの占いだとしても。
「ありがとう、ケルン」
 いつものように明るい笑顔で自分を気遣う友人に礼を言った。これほどまでに気遣ってくれる誰かがいるということが嬉しい。
「……それで旅はどうするの?」
 旅を中止にしてくれることを願いながら恐る恐る訊ねた。
「……行くよ」
 決意は変わらない。何がどうなろうと今のこの瞬間は生きている。誰でも同じ。明日無事であるという保証が無いのは。違うのは確率の問題だけで。
「占いが全てではないけど、何かあるかもしれないよ。それでも行くの?」
 決意が強固なのは明らかだが、もしかしたら気持ちを変えてくれるかもしれないと必死に訊ねる。
「うん。何か、このまま占いに縛られるのも飽きてきたし。この街にもね」
 気持ちは変わらない。テーブルに散らばる硬貨を眺めながら言った。今まで様々な占いに振り回されたのだからもうそろそろ自由になってもいいかもしれないと。
「……どこに行くの?」
 説得を諦め、行き先を聞き出す。どこに行くのか分かっていれば少しは安心できるだろう。
「まずは星夜の街に行ってそれから奇憶の街に行こうかな。不思議なものが見たいし」
「……それからどうするの?」
 楽しそうに話すクルハ。少し心配そうに訊ねるケルン。場所はどこも近いが、旅がそれで終わるはずはない。クルハの言う不思議は他にもあるから。
「まだ考えてない。それが終わったら一度戻って来るよ。いろいろと話したいし」
 旅のことを頭に巡らせながらも心配しているケルンのことは忘れない。
「絶対に戻って来てね」
「うん。大丈夫。でも何かあったらその時はよろしく」
 ケルンの強い言葉にうなずくもいつも言っていた言葉を口にした。
「それは分かってるけど。絶対にそんなことは起こさないでよ」
 何度も聞いた言葉だから強く心の奥にあるが、そうなって欲しくはない。感想を口にしてくれない聴き手の前で誰が歌いたいと思うだろうか。それだけは絶対に起きて欲しくはない。大事な友人を失いたくはない。
「うん。それじゃぁね」
 クルハは旅の準備のため、挨拶をしてからケルンと別れた。
「……所詮、ただの占いなんだから大丈夫」
 ケルンは友人の後ろ姿を見送りながら自分に言い聞かせた。
 何も悪いことは起きはしない。
 しばらくしたらあのいつもの明るい笑顔で耳が痛くなるほど旅話を聞かせてくれるはず。
 ケルンは少しばかりの不安を抱えながらも友人の旅の無事を願った。