第1章 歌う占い人と死待ち
外見と中身が必ずしも一致するとは限らない不思議な世界、トキアス。人々は様々な思いを抱き、思い人の世界と呼ぶことがある。
ここは三方を大陸に囲まれた島ハクセイユ。先見の民が多く住まうと言われていた名残なのか多くの人は儚い者の国と呼ぶ。
その国の右上部の突き出た場所に存在する街クルンドル。占い人が多く住まう場所で星霧街、占い人の街など様々に呼ばれているその場所が物語の舞台である。
「……今日も」
歩きながら爽やかな空を見上げる少女がいた。
外見は11歳ぐらいの丸顔で三つ編みに頭部の髪がくるりんと跳ねているのが特徴。真っ白の長袖にスカートと靴下を履きワインレッドのタイツと靴、チョーカーを身に付けている。
彼女はとても寛いだ表情で口元では楽しげな音を綴っている。
「ケルン!!」
少女の背後から元気な声がしたかと思うとずっしりと背中が重くなった。
「あ、クルハ。……重いよ」
抱きつく友人に迷惑そうに言うが、顔は怒ってはいない。なぜだか安心の顔をしている。
「ごめん、ごめん」
ぱっとケルンを解放してにっこりと謝る女性。
17歳ぐらいの外見に長い髪。動きやすい格好をしている。美人というほどではないが不細工でもない容貌で何より笑顔が映える。
「それで何? また占い?」
「うん」
クルハは心配を少し含んだ声で訊ねる友人に元気にうなずいた。
「……いいよ」
少し間を置いてからゆっくりと返事をした。覚悟を決めたかのように。
占いは近くの喫茶店で始まった。
「……今日はいい日だよ。願い事も叶うし怪我もせずに過ごすことができるよ」
ケルンはテーブルに並べられた六枚の硬貨を読み解いて友人に結果を話した。
「ありがとう」
美しい蝶が描かれた表になっている六枚を眺めながら礼を言った。
ケルンの占い道具は硬貨。相談者に六枚の硬貨を握らせ、願いを思い浮かべてから軽く振って貰い、一枚ずつテーブルに並べて貰う。表裏の並び方から結果を読み解くのだ。
「昨日は他の人に占って貰ったんでしょう」
占い終わった硬貨を紺色の布に包みながら訊ねた。
昨日も会ったが、占いのことは口にしなかったので気になったのだ。
「うん。いつも通り、命を奪われるような危険な目に遭うって言われたよ」
肩をすくめながらとんでもないことを言ってのける。この街に住み着いて初めて占って貰ってから結果は同じ。どんな人のどんな占いでも同じだった。数え切れないほど同じ言葉を聞いた。今では死待ちのクルハと妙な通り名さえ出来る始末。
「相変わらずだね。でも占いは当たることも外れることもあるし」
硬貨を紺色の布に包みながら言った。ケルンが彼女と出会ったのは初め占い人と相談者という関係だった。多くの占い人と結果が違っていたことから親密になり今に至るのだ。
「信じなければ占い通りのことは実現しないってことだっけ」
片付けをするケルンを眺めながらいつも友人が口にする言葉を言った。
「うん。その通りだけど、クルハはおかしいぐらい誰でも結果が同じだから」
すっかり道具をポケットに片付けてからうなずいた。
「大丈夫だよ。ケルンの占いの結果が他と違う限りはさぁ。もし死んだらケルンの歌声で送ってよ」
ケルンの占いに対して心底信頼している様子を見せ、陽気にもしものことを口にする。
「それはいいけど。占いで人生を全て見通すことはできないんだからどんな結果が出ても心配することはないよ」
再度占い結果についての心づもりを語る。友人への心配というよりは自分の不安を勘付かれないためのようにも見える。
「……何かいつもいつもケルンの方がすごい気にしてる感じ」
毎回、変わらない念入りの言葉に少し呆れのため息をついた。死ぬのは嫌だが毎回同じだとさすがに諦めと覚悟もできる。
「気にするよ。占い人の言葉で相談者の人生を左右することだってあるんだから。だから歌う方が好き。歌は人の心を和ませるから」
真面目な瞳に切なさが横切った。今は友人のためだけに占い、それ以外は占うことはしなくなった。とてつもないきっかけがあったわけではない。ただ、占い人として誰かの相談に乗るのに疲れたのだ。口にするのは良い結果ばかりでは無いから。
「そうだね。それにケルンの歌は素敵だし。さてと、今日も頑張ろうかな」
クルハは陽気な笑顔を浮かべて話が沈んでいくのを止めた。クルハはケルンが占い人として活発な活動をしなくなった理由は知らないし知る必要もないと思っている。大事なのはケルンの歌が素敵だということだけ。
用事が終わったクルハはどこかに行ってしまった。
「もし結果が同じになったら。どう言えばいいんだろう」
一人になったケルンはぽつりと呟いた。
このことが一番彼女の恐れていること。もし他の占い人と同じ結果が出たら何と言えばいいのか。真実を言うべきか嘘を言うべきか。
占いは当たることも外れることもあるのは知っているが、クルハに対しては出てきた結果は絶対的なものに思えてならない。そんなはずはないのにそう思えてしまう。
「……大丈夫。占いは所詮占いなんだから」
迷い嫌な想像をする自身を落ち着かせる。クルハを占った後はいつもこうなる。占いを断ればいいが、そうはできない。自分の占いが彼女の支えになっているから。
「ふぅ」
少し息を吐いてからケルンは甘い飲み物を注文した。
明日も変わらず友人と時間を過ごせることを願いながら……。
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