第3章 偉大な呪術師の助けを求めて
賢人の華の都と同じ大陸にある呪術師の人口が多い街、呪術師の妖しの都。地図ではパンドリアと記されている場所。賢人を嫌っている者が多く住んでいる所でもある。
「さてと、さっさと行って終わらせちまうか。オレもこれ以上お前に関わりたくないからな」
焔は隣にいるロベルを疲れたように見ながら言った。
「何でこっち見るんだよ」
不満そうに答えるロベルの姿は、賢人の都を出発した時よりも明らかに包帯が多くなっていた。当然、処置は焔が施したが。
「んなことはどうでもいいだろう。目を見開いて忘れずについて来いよ」
「そんなこと分かってるって。子供じゃ無いんだからな」
全く成長の見られないやりとりをしてから二人は、三人は偉大な呪術師の大きな屋敷に向かった。
「着いたぞ。いるといいんだが」
着くなり焔はチャイムを鳴らした。来ることを知らせていないのでいるのかが心配だが。
しばらくしてドアが開き、主が現れた。
「……はい、開けますよ」
6歳ぐらいの外見をした少年。肩まである黒髪に切れ長の漆黒の瞳でゆったりとした服装をしている。
「よ、久しぶりだな」
焔は片手を上げて陽気に挨拶をした。
「あなたは、焔の大賢者。お久しぶりです。そちらの方は」
偉大な呪術師は見知った顔に親しみを込めて迎えるも隣の二人に気付いた。呪いを感じているのか少し視線が鋭かった。
「こいつは、オレのいとこのロベル。彼女はこいつに解呪を依頼したリアンナ。二人の呪いを解いてくれないか? オレにはどうにも出来なくて」
焔は適当に二人を紹介し、話す必要は無いだろう目的も一応話した。
「……分かりました。どうぞ、中へ」
偉大な呪術師は、三人を屋敷に招き入れた。
落ち着いた居間に腰を落ち着けてから話は始められた。
「まず、事情を簡単に聞かせて貰えませんか」
「それは……」
声の出ないリアンナに代わってロベルが話し始めた。
「……そうですか。少しいいですか」
偉大な呪術師は、ロベルの右手の包帯を少し解き、呪いの状態を確認し始めた。
「……これは」
途端、彼の表情が少しばかり不機嫌なものに変わった。
「……無理か?」
表情の変化を解呪無理と捉えたロベルは、不安混じりに訊ねた。
「いえ、そうではありません。ただ……すみません」
理由を話そうとした途端、来客を告げるチャイムが鳴り、中断された。
彼は来客を連れてすぐに戻って来た。
新たな来客は、彼と同い年の外見をした愛らしい少女。フリルいっぱいの服に小悪魔な笑みを浮かべている。
「久しぶりだな、魔女。歪みの者を退治したと聞いたぞ」
「あら、そう。あなたと隣にいるのは誰かしら?」
知り合いの焔は陽気に挨拶をし、少女もまた親しみで応えた。
「……オレはロベルだ。奴のいとこだ」
ロベルは手短に名乗りった。
「この呪いは、あなたのものでしょう、魔女」
改めて魔女に驚くロベルの腕を取って偉大な呪術師は不機嫌な顔を彼女に向けた。
「あらぁ、あなたの所に回って来てたのねぇ」
魔女は、腕に広がる変色を見てわざとらしく驚いて見せる。
「……どうしてあなたは」
「なかなかでしょう?」
いつものことに呆れる偉大な呪術師と意に介していない魔女。お馴染みの二人のやりとりを繰り広げる。偉大な呪術師が解呪をする呪術のほとんどは魔女が関わっていることがほとんどなのだ。
「だからオレじゃ無理だったのか。さすがだ」
「あら、嬉しい言葉をありがとう」
呑気なロベルの褒め言葉に魔女は上機嫌に答える。
「……全く。とにかく、解呪をしましょうか」
疲れたようにため息を洩らしてから早速解呪を始めることにした。
「だったら、リアンナから頼む」
「分かりました」
ロベルの言葉で彼の依頼者リアンナから解呪を始めることにした。
包帯を解き、ゆっくりと手を触れていく。触れられたところがしだいに元の肌の色に戻って行く。
「どうですか?」
偉大な呪術師は解呪が終わるなり、リアンナに調子を訊ねた。
「……大丈夫です。ありがとうございます」
リアンナは丁寧に礼を言った。
「次はあなたです」
偉大な呪術師は同じように包帯を解き、ロベルの呪いを解いた。
「すごいな」
解呪が終わったロベルは自由になった右手を動かしながら感想を洩らした。
「偉大な呪術師、礼を言うぜ」
焔はロベルに代わって礼を言った。
「いえ、力になれて良かったです」
偉大な呪術師は穏やかに答えた。
「さすが、あなただわ」
魔女は楽しそうに手を叩いてわざとらしく褒めた。
「あなたが何も考えずに無闇に呪いをかけるからこのようなことになっているんですよ。呪いをかける前に依頼者と少しは話をしたらどうですか」
偉大な呪術師は無駄だと分かっていながらも文句を口にする。
「あら、したわよ。呪いはあたしの好きなようにするけどいいかしらって」
魔女は口元に妖しい笑みを浮かべながら答えた。呪術者は依頼されたからと言って即呪いをかけるというわけではない。なぜその考えに至ったのかなどを話して相手の心を落ち着かせることも役目としているのだが、魔女は違う。依頼されたら即呪う。
「……あなたは」
偉大な呪術師は疲れたようにため息をついた。彼が解呪する呪いは大抵魔女が関わっていることがほとんどなのだ。
「あなたも腕を鈍らせたらいけないでしょう」
魔女は罪悪感の無い笑みを浮かべながら言った。
「……あの、私に呪いをかけるように依頼した人は覚えていますか?」
リアンナは魔女に訊ねた。
「えぇ」
魔女は下唇を舐めてから答えた。楽しいことが起きると心内思いながら。
「リアンナ、もしかして呪いをかけようと思っているのか?」
ロベルはリアンナが何をしようとしているかを察した。
「そうよ。こんな目に遭わせた人を放っておけないもの。お願いできる?」
そう答えるリアンナの目には怒りや呪った相手を貶めようとする黒い光が輝いていた。
「もちろんよ。無料でさせて頂くわ。ただ、呪いはあたしの好きなようにさせて貰うわよ」
魔女は黒い笑みを浮かべながら答えた。すっかり呪術を使うことで頭がいっぱいだ。
「……呪うことはやめて自分の身を守ることを考えませんか」
偉大な呪術師が無駄だと分かりながらもリアンナに聞く。呪いによって相手の命を奪うよりも自分の身を守ることに呪いを使う方がずっといいと。呪いはかけ始めてしまえば途中でやめる心がなかなか生まれないから。
「構わないわ」
リアンナは後先考えず、即答した。
「そう、なら場所を変えましょうか。ここはうるさい人が多いから」
そう言ってちらりと魔女は偉大な呪術師をちらりと見てから言った。
「……はい」
頷き、リアンナは勢いよく立ち上がり、魔女と共に部屋を出て行った。
「ありがとう」
部屋を出る前に力を貸してくれたロベルと焔に礼を言った。
「……はぁ、恨みは恐ろしいな」
焔は呆れたように呟いた。今は大賢者で呪術師の仕事をすることは少なくなったが、恨みや怒りがどれほど恐ろしいものなのかはよく知っている。
「……魔女は」
偉大な呪術師はため息をついた。
「さて、オレ達も行くか、ロー」
「あぁ」
焔はロベルを急かした。何やかんやで話し込んでしまい、時間もそれなり経っていた。
「……本当に助かった」
ロベルは部屋を出て行く前にもう一度礼を言った。
「……お気を付けて」
偉大な呪術師は出て行く二人を静かに見送った。
「ここでお別れだ、アウル」
「気を付けてな。迷子になるなよ」
ロベルと焔はこの街で別れることにした。
「家に帰る道ぐらい忘れないって」
心配と言うよりからかいを口にしてから言ってしまう焔に悪態をつくロベル。
彼もすぐにこの街を出て帰路の道を急いだ。
この後、音楽の都で一人の歌姫が舞台で苦しみのたうち回りながら事切れたという。呪術師が呪いだと気付き解呪する隙はなかったという。
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