第2章 慌ただしい出発
 
 
「急がねぇとな」
 焔は朝の通りをとある宿に向かって急いでいた。格好も散歩姿ではなく少し遠出できるような格好をしている。昨日の約束通り、彼は友人のために労していた。
「……ふぅ」
 目的の宿に到着し、ため息を洩らす。絶対にすぐに出発出来ないだろうと想像しての諦めのため息である。相手はひどい物忘れを有するのだから。
 焔はゆっくりとロベルが泊まっている部屋に向かった。
 
「……やっぱりか」
 部屋の前で困ったように立ち尽くしている女性を確認するなり疲れたため息を洩らし、女性の方に言葉をかけた。
「あいつはまだ寝てるのか」
 顔の左半分と首にロベルと同じ包帯を巻いている女性はこくりとうなずいた。彼女は呪いによって声も出ない。包帯の下は全て機能停止しているのだ。
「……あいつは」
 こっちは早起きをして準備を整えて来たというのに当の本人がこれだと怒りも湧く。数え切れないほどこんな目に遭ったことはあるが、その度に怒る自分も律儀なものだと思いながら焔はドアノブを回してみる。
「……」
 鍵が掛かっているらしく開かない。そうなるとできるのはただ一つ。
「おい、ロー起きろ。昨日言っただろ。起きろ!!」
 声を張り上げて中の人を起こすしかない。激しくドアを叩きながら声を出す様子を心配そうに女性が見守っている。
 しばらくして、ドアの奥からがごそごそと人が起き上がって動き出す音が聞こえ始めた。
「……起きたな」
 慌ただしい中の音を確認した後、焔は手を休め、ロベルが出て来るのを待った。
 数分後、ドアが勢いよく開き、
「……悪い」
 明らかに起きたばかりだと分かるぼんやりとした顔が一層、焔を怒らせる。
「何が悪い、だ。お前、命が懸かってるんだぞ」
「分かってるさ」
 命が懸かっていることに心配する焔に答えるも声の調子は抜けている。
「さぁ、行くぞ」
 怒り続けるのに疲れた焔はまだ言い足りない文句を呑み込んで行こうとした。
「ちょっと待ってくれ。何か食べてから」
 ロベルが歩き出す焔を止めた。また、怒らせるようなことを口にしながら。
「……あのなぁ」
 苛立ちの顔で呑み込んだはずの文句が口から出てくる。
「いや、起きたばっかりだしさぁ」
 ロベルはけろりとした顔で空腹のお腹をさする。
「行きながら食べろ」
 時間がないというのにたった一人のために貴重な時間を割ける訳がない。それに相手は常習犯だ。
「て言ってもオレあんまり食べ物持って来てないんだ」
 さっさと行く焔の背中にすがるように言うが、相手が許すわけがない。本当なら早く起床し、食事を終わらせて準備を整えるが当然なのだから。
「オレのをやる。さっさと行くぞ」
 苛立ちに溢れる一言で友人に答える。
「分かった。あ、リアンナ、おはよう」
 妥協したロベルは自分達のやりとりを心配そうに見守っていた依頼人リアンナに挨拶をしてから急いだ。リアンナは賑やかな二人の後ろをついて行った。
 
 三日後、何とか三人は呪術師の妖しい都に到着していた。