第7章 報告
青い空に白い雲。果てしなく続く緑の草原。静かな湖。
時々吹く風が心地良い。
「ハカセ」
夢の人ケイはこの夢の主に声をかけた。
「ケイ、お久しぶりです」
座ったまま後ろを振り返り、挨拶をした。
「元気そうだね」
ケイはゆっくりとハカセの隣に座った。
「旅は終わったんだね」
何となく全てが終わったことを感じ、息を吐いた。
「えぇ、これでうまくいくでしょう」
にっこりといつもの柔和な笑みで答えた。
「……死人は土に還れども夢は見る。でもその夢も終わって解放されたってことだね」
湖を見つめながら小さく呟いた。その呟きはしっかりとハカセの耳に入っていた。
「そうですね。巡り巡ってまた天空城に戻りますよ」
遠くを見つめながら言った。ハカセの目には穏やかな風景ではなく、遠くの未来が映っているのかもしれない。
「そうだね。よかった。で、旅はどうだった?」
ほっとしながらもとても気になることを訊ねた。自分も今回のことに関わったためどうなったのか詳しく知りたくてここに訪れたのだ。
「それは……」
ハカセは長く奇妙な旅の話を始めた。
「そっか。大変だったね。本当ならボクも」
ハカセを労い、少し顔をうつむかせた。
「いいえ、気にしなくていいんですよ。ケイは十分力になりましたよ」
いつものように穏やかに言った。
「……ありがとう。でもハカセのことだからよかっただけじゃ終わらなかったんでしょ」
顔を上げ、ハカセの言葉によって元気になり、話の時々で何か思うことがあるのか含むような顔をしていたことが少し気になっていた。
「天空城は生き物を管理していると聞きました。でも、彼らを管理しているのは何なのでしょうか」
ハカセはここで番人の話を聞いた時に言おうとしていたことを話し出した。
「そう言われればそうだよね」
聞いた話を頭の中で整理しながらゆっくりとうなずいた。
「一つのことでも人によっては様々に見えることは多くあります。そのようなものなのではないかと。つまり、私が貰った薔薇のように天空城に見えたり違う物に見えたりする存在ではないか。それとも」
様々な考えを言葉に変えていくが、ハカセの顔に確信の色はない。
「それとも?」
真剣な横顔に話を促す。
「存在自体が幻なのか別世界に存在しているものなのか。存在しているようで存在していないのでないのかと」
矛盾しているような言葉や理解するのが難しいことを口走る。話をしている間も頭の中では何とか考えをまとめようとしている。
「それはどうして思ったの?」
ここでもっともな質問をする。まだ、考えが浮かんだ理由を聞いてはいない。
「……進化やその他のことを管理していると聞いた時です。何か釈然としないものを感じたんです。確かに大きな力というものはあるとは思いますが、果たして天空城一つで片付けられるものなのかという感じがします」
番人の説明の時に生まれた気持ちを改めて言葉にする。その時、番人にその疑問をぶつけなかったのはそうするべきではないと思ったからだ。疑問を口にすれば、天空城だけではなく番人の存在をも不明確なものとしてしまうからだ。
「そっか。確かにそうだよね。世界は狭いようで広いし。見えているものが全てじゃないもんね。この夢の世界だって世界の一つだし」
うなずき、草を少しむしって風に乗せる。夢の中だというのに現実と同じ風がここにも吹いている。
「そうです」
飛び去る草を眺めながら言った。夢だとしても確かに自分は存在し、ケイも存在していることは確かなのだ。
「でも、ハカセのその思いの答えが見つかったらいいね」
ケイはそう言ってから立ち上がり、座っているハカセを見た。もうそろそろ別れの時間が近い。
「そうですね。とりあえず、あの城に行ったことは一応事実ですから。今はそれでいいのかもしれません」
ケイを見上げながら、少し心に残るものはあるが、一応納得したように笑みを浮かべた。
「それじゃ、また」
「えぇ」
去り、姿が消えたケイを見送った後、ハカセは現実の世界へと戻った。
疑問や謎は尽きないが、考えたところで何かが変わるわけではない。ただ、静かに時が過ぎていくだけである。
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