第1章 夢 の 声
 
 
 限りなく青い空が続いている。青い世界に白い塔が映えている。
 それは、とても白く汚点がない。静寂と荘厳さが外観から溢れ出す。
 おそらく中はもっと素晴らしいだろう。しかし、不思議なことにそれは空を泳ぐ島の上に存在している。空は上であって下ではない。しかし、ここではそんな常識は通じないらしい。
「……本当に素晴らしい。……中はもっと素晴らしいんだろうな」
 感嘆の声を上げ、歴史の大家ハカセは中に入る一歩を踏み出した。
 途端、全てが暗闇に消えた。
「……これで、一週間目」
 闇に動じることなく、呟いた。
 そんなハカセの背後から知った声がした。
「ハカセ、誘いだよ」
 ハカセが今どんな状況に置かれているのか知っているようなことを口にした。
「ケイですか。誘いとはどういうことですか?」
 振り向き声の主を確認し、さらに訊ねた。
 ケイと呼ばれた子供は12歳ぐらいの外見にゆったりとした紺の服を着ており、髪は三つ編みやだんごで垂らされている。温厚そうだが、性別がはっきりしない中性的な顔立ちをしている。この世界では外見と中身が必ずしむ一致するような世界ではないし、今は夢であるのでこの子供が現実も同じ姿かは不明である。ただ、ハカセが住む白歴の隣町である青歴に住んでいることだけは確かである。
「天空城に行くべきだよ」
 確信に満ちた声できっぱりと言い切った。
「天空城にですか」
 驚きはなくただ納得している感じであった。
 すっかり二人は闇の中であることも忘れて話に集中している。
「そうだよ。天空城が呼んでるんだよ」
 真剣な顔つきで言った。
「……呼んでいるとは?」
 さらに話を促した。いつも穏やかな知人の顔が真剣なため何かあると心を決めた。
「……天空城に関係ある人々に聞いたんだ。……三日前、ボクはいつものように眠りの世界を歩いていた。その時、別の夢に入り込んでしまった。そこはとても悲しく寂しい所。あるのは白い骨と廃墟ばかりだった。そこに漂う意志が語った。自分達は天空の城に住む者、呪いに囚われし者だと。……我らを解放し、狂った時を修正し片付けてほしいと。死して呪いに囚われている自分達には助けを呼ぶことしかできないと言ってた」
 と語ったが、どこか釈然としない感じだった。その理由はすぐに分かる。
「ボクはただの夢の人。そんな大変なことはとてもできない。だから、ハカセに会おうと思って。そしたら君はボクが会った夢と同じ気配のする夢にいたから」
 ケイは夢を自由に行き来きする力を持ち、人生の半分以上を眠りの世界で過ごしているため夢の人と呼ばれている。夢の人にとって目覚めの世界こそ夢である。夢の人としての力によって二人は知り合ったのだ。
「……そうですか」
 ハカセはうなずき、周りをゆっくりと見渡した。
 いつの間にか闇一色から心休まる青い空と静かな湖がたたずむ草原に二人は立っていた。時々、吹く風が草を揺らし、夢であることを忘れさせる。
「……戻ったみたいですね」
「うん、もう彼らの夢の気配はどこにもないから。ハカセは彼らの夢に巻き込まれたみたいだ。それで、どうするの?」
 二人は改めてハカセの夢を確認し、あの不穏な夢が去ったことを知った。
「行こうと思います。元々そのつもりでしたから」
 大変なことなのにハカセの言葉からは近くを散歩しに行く程度の軽さしか感じられない。
「そっか。本当ならボクも力を貸さなければならないのに」
 息を吐き、草原に腰を落とした。少しばかり力不足を申し訳なく思っている。
「十分、力になっていますよ」
 ケイの隣に座り、にっこりといつもの心癒す笑みを向けた。
「そんなことはないよ。あと、行くハカセに伝えることがあるよ。赤き月の輝く日が道を開く鍵だと彼らが言ってた」
 頭を振って否定し、行くと決めたハカセに最も大事なことを伝えた。
「そうですか。天の祭壇が力を持つのは特定されていたんですね。どーりで以前訪れた時は何もなかったはずです。ありがとうございます」
 納得したようにうなずき、礼を言った。
「それじゃ、またね。ハカセ」
 用事が終わったケイは立ち上がり、ハカセに別れを告げた。
「えぇ、お元気で」
 姿が消え、去って行くケイを静かに見送った。
 しばらくしてハカセは目覚め、すぐに部屋を片付けた。どこかに旅をするといってもいつもなら汚いままで出て行くのだが、今回はなぜかきれいにしておきたかった。それはなかなか帰って来られないかもしれないという思いのためかもしれない。
 一日中片付けをして二日目にはそれなりにきれいになっていた。旅の支度も整え終わり、ばら姫と会い、別れた翌日にハカセの旅が始まった。