上古の探索者と香り屋
外見と中身が必ずしも一致するとは限らない不思議な世界、思い人の世界。そこに存在する年中花が咲き乱れる街、花の都と呼ばれている場所。咲き誇る蕾の国、地図ではフロルボンと記されている場所にあるフロミアという場所にとある訪問者がやって来た。
「……アイル君、いるかな」
6歳ぐらいの外見をした少女は、ここで知り合った少年のことを思い出していた。
金髪の巻き毛を両側でくくり、薔薇の髪留めで留めている。手には愛用のスーツケースを持っている。
彼女は知り合いと出会った場所へと向かうが、何もなかった。
「どこかに行ってしまったのかな」
以前は、本物と見紛うほどの造花を売る露店があったはずなのにその形跡もない。
もしかしたら、この街を離れるかもしれないとは聞いていたが、本当にいないと少し寂しい。
「……残念」
少し残念に思い、花の匂いでむせかえる通りに戻った。
そして、彼女は近くの喫茶店で昼食を済ませた。
「……どこに行こうかな」
昼食を終えるとすっかりやることをなくしてぶらりと道を歩くばかり。
視界に入ってくるのは花ばかり。
ぶらりぶらりと辿り着いたのは、腰を下ろして花を楽しむことができる公園だった。
「……人」
公園に入って一番に目についたのは、ベンチにぐったりと横になっている外見10歳ぐらいの少年。黒髪で遠い人の国独特の服や履き物を身に着けている。
「……大丈夫ですか?」
彼女にはその子供が寝ているのではなく、ぐったりと倒れているように見えた。心配して声をかけてみた。
「……うん?」
声をかけられた子供はゆっくりと起き上がり、ぼんやりとした顔で少女を見た。
「……ごめんなさい。てっきり倒れているように見えたから」
急いで自分の勘違いを謝罪した。
「……構わないよ。別に倒れていた訳でも眠っていた訳でもないから」
少年はゆったりと答えた。その表情はどこかぼんやりとしてた。
「……素敵な香りね。私はローズ、上古の探索者の大賢者よ」
ローズは、少年から匂ってくる安らかな匂いに心を動かせながら自己紹介をした。
「ぼくは、宵月(よいづき)。香り屋とも呼ばれてる」
少年も礼儀として名乗った。
「……香り屋って」
「香りを作ったりして香りを楽しむ者だよ」
ローズが何かを答えるよりも先に宵月は呼び名について説明した。
「そうなの。この街は様々な香りに溢れているけどあなたの香りはとても素敵ね」
むせ返るほどの匂いに溢れたこの街で宵月の香りほど素敵な物には出会っていない。
「……ありがとう。良ければ」
褒められて少し上機嫌になったのか服のポケットから紙袋を取り出し、紙に包まれた何かをローズに差し出した。
「これは?」
紙の包みを解くと中に入っていたのは、五個の淡い水色の小さな蝋燭。
「ぼくが作った物。歪(ひず)みの者とかのせいで不眠症になった知人に渡そうと思っていた物だよ。火をつけたら香りが溢れ出るから」
宵月は蝋燭の説明をしながら紙袋をポケットに戻した。
「私が貰ってもいいの?」
まさか素敵な香りを貰えるとは思っていなかったので嬉しさと驚きで声が飛び上がっている。
「一包みぐらい構わないよ。まだあるから」
「ありがとう。あなたは、あの歪みの者には会ったの?」
ローズは宵月の好意に甘えることにした。
そして、歪みの者について訊ねた。
「ぼくは会わなかった。いつもこちらと向こうの真ん中でさまよっているから」
多少の変化はあれど先ほどから変わらない気怠そうな表情で答えた。
「そう。あなたはどこかでお店を開いたりしているの?」
深くは追求せずに貰った物を眺めながら訊ねた。追求するべきこととそうでないことの分別はある。
「開いていないよ。自分の満足のためだけに香りを側に置いているだけ。頼まれたら作るだけ。それよりきみはどうしてこの街に?」
宵月は、ローズを残念な気持ちにさせてから話題を自分のことから離した。
「この街で知り合った人に会おうと思ったのと旅人だから」
アイルの店跡に寂しくなっていたところに新しい出会い。これだから旅はやめられないし旅人でありたい。
「そっか、気を付けて」
彼女に答えるための良い言葉が思いつかなかった宵月は、別れを口にして広場を出て行った。
「……アイル君には会えなかったけど、新しい出会いがあったし。……でも何か違う感じ」
ローズは宵月が消えた方向に目を向けていた。今まで出会った人は何かを求めている元気な人ばかりだったが、彼は違うように見えた。あの気怠そうな雰囲気のせいかもしれないが。
ローズは、今日の宿を探しに行った。
宵月に貰った香りは夢の中にも入り込み、迷い人を引き込んだ。
ローズは、夢の中でも新たな出会いを経験し、大賢者らしくちょっとした手助けもした。
そして、静かに朝を迎え別れた。
「……朝」
ぼんやりとベッドで目覚めたローズは目を部屋中に泳がせながら自分がどこにいるのかを確認する。
「……ふぅ」
ゆっくりと上体を起こし、息を吐き出した。
テーブルに置いてあった蝋燭がすっかり燃え尽きて液体になってしまっている。夢にまで入り込んできた和やかな匂いはまだ部屋に残っている。
「夢の人、無事であればいいんだけど」
僅かな香りを吸い込みながらケイのことを思い出していた。自分は朝で目覚めたので夢の人が無事なのかどうかは知らないまま。
「とりあえず」
ローズはベッドから抜けて旅支度を調え部屋を出た。
向かう場所はもう決まっている。
「ハカセに会いに行こう」
一番の話し相手の歴史家が住んでいる白歴だ。
ローズは、朝食を済ませてから花の都を出た。
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