上古の探索者と語る者
占い人が多く先見の民という者達が昔住んでいたと言われ今もひっそりと住んでいると思われる大陸、ハクセイユ、人々は儚い者の国と呼ぶ。
ここは星霧街や鏡の街と違い、占い人や職人がいるわけではなく、星を求めてやって来る天文学者や観光客が多い所で公にはキラティティスと呼ばれ、人々は星夜街(せいやがい)、星夜(ほしよる)の街と呼んでいる。そこでしか見られない特別な星が存在していると言われているが、どのような物かは知られていない。噂程度の話だが、それを差し引いても幻想的な街である。
「ここはいつ来ても幻想的」
静かな朝の空に浮かぶ白い月を見上げながら呟く旅人の少女。
外見は6歳ぐらいで金髪の巻き毛を薔薇の髪留めで二つに留めており、上品な服装に愛用と思われるスーツケースをしっかり握っている。そんな彼女の名はローズ。賢き者大賢者であり、様々な遺跡などを訪問する上古の探索者である。彼女が特に誇りを持っているのは後者である。
「奇憶の街の特別な日も楽しかったけど、ここも変わらないなぁ」
ローズは視線を天空から進むべき道に向けた。
「とりあえず」
ゆっくりと歩き出した。特に目的はないので街を歩き回って楽しむことにした。
しばらくして歩き回る足を止める。
「すごい人混み。何かあるのかな」
公園に集まったたくさんの人にローズの興味がいった。
何か面白いことがある気がした彼女は当然、人混みに混ざった。
「へぇ」
人混みをかき分けて辿り着いたのは、ベンチに座って話す一人の少年。
朗々と争いで引き裂かれた兄妹の悲しみの物語を話している。
話は途中だったが、人を惹きつける理由は分かった。
「すごい」
ローズは周りに邪魔にならないように感動を口にした。
話し手の声は様々に変化する。悲しみの少女の声、怒りの少年の声、争いに巻き込まれた多くの人々、兄妹が出会う心優しき人々。そのどれもがそれぞれの声を持ち、表情を持つ。物語が話し手の力によって目の前に広がる。
外見は12歳ぐらいの旅姿の小柄な少年なのに生み出すのは色鮮やかな世界。
「そして兄妹は願う。特別な一つの星に唯一の願い。再会を」
話し手は空に浮かぶ白い月を指さしながら外見通りの澄んだ少年の声で。この街の噂話にかけていると思われる星の存在。
すぐに地声と思われる少年の声は成長した少女と少年の声に変わり、話しは佳境に向かう。兄妹は再会するも互いに変わり果てた姿となっていた。兄は病で右目と左足を失い、妹は事故で左目と右腕を失う。互いに疲れ果て病み果てた姿でもそれぞれの目には大切な存在が映る。それが全ての痛みを癒し、心を浄化する。
「……」
ローズを含めた聞き手達は真剣そのもの。胸に詰まり涙する者までいる。
「……話はこれで終わりです。聞いてくれてありがとうございます」
話し終えた少年はベンチから立ち上がり、丁寧にお辞儀をした。
観衆は大きな拍手で感動を示し、懐からお金を出す者さえ出てくる。少年はことごとくお金を断り、ベンチに置いてある鞄の紐を肩に掛けてどこかに行ってしまった。
「あぁ、もう少し話を聞きたかったのに」
本当に残念そうに呟き、ローズは公園を出て行った。
集まった他の人達も少しずつ自分達の生活に戻って行った。
「どうしようかなぁ。今日はここに泊まって明日出ようかな。でも時間もあるし」
公園を出てぶらぶらとこれからのことを考えながら歩く。もう少ししたら正午になる。早くどうするか決めなければ。
そうやって考え事いっぱいで歩いていた彼女の横を通り過ぎて行く人がいた。それ自体何も気に留めることはない。ローズも誰かの通行人に過ぎないのだから。
しかし、今去った人物は違っていた。
「……どこかで。あっ、さっきの」
どこかで見かけたような少年。足を止めて考え始めてようやく答えを発見して急いで追いかける。つい先ほど公園で語っていた人物に違いない。何とか話したい。
ローズが足を止めたのは静かな通りだった。
「あの、公園で話してた人ですよね」
何とか少年に追いつくことができ、勇気を持って声をかけた。
「えっ、僕のこと覚えてるの?」
声をかけられた少年は振り向き、驚きの声を上げた。
「……えぇ」
あまりの驚きようにこっちも驚いてしまう。
「嬉しいなぁ。僕は語る者のサギリ」
声をかけられたのがそれほど嬉しかったのか笑顔で名乗った。
「私は上古の探索者の大賢者ローズです。話を聞いてとても感動しました」
いつものようにローズも名乗り、今も胸に残る感動を言葉にした。
「ありがとう。でも僕なんかまだまだだよ」
嬉しい言葉に謙遜し、近くのベンチに座る。
「まだまだって」
文句の付けようのない話のどこに文句があるのか分からず、首を捻ってベンチのサギリを見る。
「幻想的な物語には比類無き腕を持ってる知り合いがいて。それに比べたら」
知り合いを思い出しているのか重い息を吐く。
「それはどんな人なんですか?」
興味を持ったローズは彼の隣に座り、訊ねた。素晴らしい話し手が言う知り合いがどんな人なのか。
「知ってると思うよ。綴る者のトモリだよ」
ローズの疑問はあっさりと答えた。
「トモリってあの今活躍してる作家さんですよね」
サギリの答えに驚いた。
彼女が驚くのも無理はない。トモリは公の場に出ないのでどんな姿をしているのか知られていないのだ。その正体を知る人物が目の前にいるとは。
その正体不明の作家が発表している本は少なく目に見えての人気は無いが、一部に静かなる人気が広がっているらしい。ローズも読んだことがあり、心に沈み込むほど惹きつけられる美しく儚い物語だと思ったものだ。
「うん。今も学びの街で必死に物語を書いてると思うよ。時々、話したりしてる。それより、ローズちゃんは上古の探索者でしょ。何か聞かせてよ。いろいろ参考にしたいから」
あっさりと正体不明の作家の居場所を口にしたかと思ったら好奇心の目でローズを促した。今度はローズが話し手になる番のようだ。
「うーん」
急に話を求められて考え込む。いつもならすぐに話すことができるが、今回は語る者が相手なので少し緊張する。
考えた末、ゆっくりと言葉を選びながら今までの旅話をした。世界の中心にレリック家の鏡、水の民の至宝ばら姫を手に入れた話、その他たくさんの物語を披露した。
「すごいなぁ」
聞き手になった話し手は手を叩き、ローズの物語を喜んだ。
「そんなことないよ。あなたの話だってとても素晴らしかったもの」
語る者に感動されて思わず、照れてしまう。
「ありがとう。でも、ずっとすごい物があるんだ」
ローズの誉め言葉に礼を言うも心に残って消えない感動を口にした。
「すごい物?」
当然、気になるローズ。
「うん。以前、トモリの物語を読んだことがあるんだ。白色の表紙に今出ている本より厚さが薄い本でとても幻想的で心が消えてしまいそうなぐらい儚くて読んでるって感覚が無くなるほどで。恐ろしいほどに美しくて。内容を言葉に表すことが難しいんだ」
もう手にはない本だが、心に耳を澄ませば思い出すことができる。どれぐらい心を響かせたのかを。
「今出てる本よりって出ていないの?」
サギリの初めの言葉に引っかかり訊ねた。
「うん。トモリが少しばかり書き過ぎたって言って出すのをやめたんだ。本をどうしたのかは知らないけど。存在したのは僕が読んだ一冊とトモリの直筆の原稿ぐらいだし」
少し残念そうに質問に答えた。
彼は知らない。その妖しくも美しい本が再び姿を現し、ある歴史家の手にあることを。
「そうなの」
少し残念そうに言葉を洩らした。語る者を興奮させる物語がどんな物なのか知りたかった。まさか、身近にその答えを知る者がいるとは思いもしない。
「だから、いろんなものを見たり聞いたりして物語に色を増やそうかと思って旅をしてるんだ。で、時々我慢できなくて話を始めちゃう」
公園での出来事を思い出しながら自分の性分に困りながら話す。
「私はその時々に居合わすことができてとても幸運ね」
「それは僕もだよ。ローズちゃんの貴重な話を聞けたし、ますます話の引き出しが増えたよ。それに僕だって分かった人がいるとは思わなかったし」
互いにこの出会いを喜ぶもサギリの喜びは少し違っていた。
「どういうこと?」
声をかけた時の驚きを思い出しながら訊ねた。
「僕って通りを探したら三人ぐらいいるようなありふれた存在らしいから」
笑いながら友人トモリに言われた理由を話した。ローズは一度、会った人ならすぐに分かるが、サギリを思い出すのに少し時間がかかったことですっかり納得していた。
「話してる時は鮮烈だけど」
納得したことは口に出さず、話している時のことを口にした。語る者をしている時の彼は話の世界が彼の口から溢れ、現実にしている。
「まぁ、それだけが上手なものだから」
少し自嘲気味に言い、肩をすくめた。
「それでもいいと思う。何かができるということは何かを与えることができるから。私はたくさん旅をしていて出会う人からたくさんのものを貰って」
思い浮かべるのは今まで出会った多くの人々、大変なことも言葉にしきれないほど経験したが、それでも旅を続けるのは自分が求めているから。様々な人やものとの出会いを。
「そしてたくさんの人にきっかけを与えてる」
サギリは笑顔でローズの言葉の続きを言った。出会いは互いに与え貰うもの。
「そうだといいと思う」
自分が貰っていることの方が多いように思えてサギリに言葉に強くうなずくことはできない。
「さてと、もっと頑張ろうかな。ありがとう、ローズちゃん」
話も終わり、サギリは立ち上がった。
「こちらこそ」
にっこりとローズも笑った。
「そうだ。もし学びの街に行くことがあったらトモリに会ったらいいよ。必死に時間を過ごしてるはずだから息抜きになるだろうし」
サギリは思い出したようにトモリの居場所を話した。自分が楽しい時間を過ごせたように友人も貴重な時間を過ごせるだろうと思いながら。
「ありがとう。また」
ローズはしっかりとサギリの言葉を呑み込んでから立ち上がった。
「うん。また」
二人はここで別れた。再会を願いながら。
またどこかの街角で出会うことだろう。
|