特別な日の特別な出会い
住む者は奇特な者だけと言われている街、ピリカリテ。人々が恐れを込めて奇憶の街と呼んでいる儚い者の国にある街。街が存在していることの意味さえ疑うほど不気味な街。
面倒な街で奇特な者しか寄りつかない場所。好奇心旺盛な観光客にとって面白い静かな街でもある。
「ふぅ」
上古の探索者はふと街の入り口で足を止めて心を決めるかのように息を吐いた。
そして、ゆっくりと街の中に入って行った。
「相変わらずの光景」
ローズは通りを眺めながら呟いた。
昼だというのに通りの至る所に街灯がある。その数は他の街の倍だ。
店の軒先には必ず明々と輝く灯りが吊り下げられている。この光景はこの街だけのものである。
「先に宿、決めてからかな」
他の街と比べてにぎやかさの無い通りを歩いて適当な宿を探そうとするが、閑散なわりには思ったようにはいかない。
「……やっぱり、どこも多い。特別な日だから仕方がないけど」
何軒目かの宿が満室で断られ、途方もなく通りに立ちつくす。
通りに輝く光達が何となく恨めしい。
「……困ってるみたいだねぇ。お嬢さん」
突然、可愛らしい少年の声がしてローズは振り返った。
その先にいたのは10歳ぐらいの道化師のような格好をした少年だった。
特徴的なのは房が二つに分かれている帽子である。片方にはリボンがもう片方には花の飾りがついていてサンダルを履いていた。そして、手にはウサギらしきぬいぐるみを持っていた。
「……えぇ、まぁ」
唐突に声をかけられ答える言葉が濁る。
「ボクはピエロって呼ばれてるんだ。お嬢さんは?」
少年は戸惑っているローズに笑顔で名乗った。
「大賢者で上古の探索者のローズ」
ローズはいつものように名乗った。
「それでどうして困ってるの?」
お互いに何者か知った後、再び話を元に戻す。
「宿がいっぱいで」
ため息をつきながら出会ったばかりの少年に困り事をこぼしてしまう。それぐらい彼女は困っていた。
「そっかぁ、だったらいい所に案内するよ。ほら」
任せろと言わんばかりの明るい笑顔で言い、ぬいぐるみを持っていない手でローズの腕を掴み裏通りの方へ走り出した。
「ちょっと、そっちは裏通りの方」
ローズは自分達が進む道の方を見て慌てたが、引っ張るピエロの顔には不安が全くなかったので先の言葉を呑み込んだ。
二人は昼の光を全て受け取ることができない薄暗い裏通りの道に消えていった。
表通りのような街灯が無い通りを歩いた先にあったのは一軒の小さな二階建ての宿だった。
「ここだよ」
軒先の小さな灯りの前で足を止めたピエロは腕を掴んだままローズに振り返った。
「本当に?」
看板の無い建物を不安げに見つめた。
「うん。ボクは灯りが無くても大丈夫なんだ。このピロロがいればね」
力強く答え、ぬいぐるみを少し持ち上げた。
「特別な物?」
それほど取り立てて可愛いとは思えないぬいぐるみを不思議そうに見た。
「うん、特別な物だよ。さぁ、中に入ろう」
ローズの知りたそうな様子を感じを知って知らずか詳しくは答えず、腕を引っ張って彼女を促した。
「うん」
不思議が不思議のまま残ったことに残念に思いながらも宿に入った。
宿の中は外見と同じように飾りのない少し狭いものだった。入ってすぐにカウンターに出会ったが、主らしき者は立っていなかった。
「ここが穴場の宿屋。他と違って食事とか出すことはできないけど」
がらりとした店内を見渡しながら紹介した。見知った風景なのか彼は肩をすくめた。
「休むことができればいいから」
ピエロの紹介通りであることは一目見て分かったが、彼女の目的は素敵な宿で街の観光というわけではないので気にはしなかった。
「うん。それじゃ、部屋の鍵を渡すね」
ピエロはカウンターの方に周り、引き出しから鍵束を取り出し、一つを台に置いた。
「ありがとう。ここの宿ってピエロ君の?」
ローズは台にある鍵を受け取り、宿帳に名前を記入してから訊ねた。
あまりにも手慣れた感じからの質問である。
「ボクのじゃない。ボクの知り合いがやってるんだけど。三日前から灯りを持たずに街を徘徊しててボクが代理をしてるんだ」
宿帳を確認してから肩をすくめて答えた。その答えも手慣れた感じで何度も訊ねられたことが分かる。
「それってまずいんじゃ。幻に呑み込まれて」
ローズは見ず知らずの人の心配をした。
この街が人々から恐れられたり興味を持たれたりされているのはこの思い人の世界と別の世界の一部のようなものが混じっているからである。道を歩いていると奇憶の街の店と多くの人が幻と呼ぶ店や道や人に出会うという。ただ、店や人に触れようとしたらすり抜けてしまうが、一度幻に続く道に入り込んでしまうとなかなか戻って来られない。そのため、この街はその幻を追い払う力のある秘石の灯りを年中稼働させているのだ。ただ、隅々まで灯りが照らしているというわけではないが。
「大丈夫だよ。いつものことだし、しばらくすれば帰って来るから」
何でもないことのように言い、諦め気味にため息をついた。
そんな時、二階から足音がし宿泊客が降りて来た。
「ピエロか、助かった」
降りてきたのは袖をまくった長袖の服に腰にポケットが二つ付いたスカート様式のエプロンを身に付けている長身の女性だった。手には秘石燃料の灯りを持っていた。ただし、輝きは消えている。
「あ、エベレ。何か用事でも?」
やって来た女性に訊ねた。宿主代理を務めている。
「灯りの秘石が欲しいんだが、あるか?」
カウンターの台に灯りを置いて困ったように訊ねた。女性は23歳ぐらいの外見に肩まである髪を一つに束ねていくつもの髪留めで横側を留めている。ズボンにサンダルで全くおしゃれな感じはなくどこか職人のような雰囲気が漂っている。
「ちょっと待っててね」
そう言って屈んでレジの下の物入れを確認した。
中には大きな瓶が置いてあったが、空っぽだった。
「……ごめん、在庫無いよ。あぁ、あの人は」
物入れのドアを閉めてから立ち上がり、エベレに申し訳なさそうに言った。この宿の主は仕事の方に目がいっていないようだ。この後、ピエロは買い物をしなければならなくなった。
「そうか。困ったな」
息を吐き、顔を曇らせてしまった。
その二人のやり取りを見ていたローズがスーツケースから瓶を取り出して二人の間に入った。
「良かったら、私のをあげますよ」
瓶を困っている女性に差し出した。
「本当か? それなら助かる」
思わぬ助けに目が生き返り、瓶から秘石を一つ取った。
「ありがとう。えーと」
瓶を返して改めてローズに礼を言い、見ず知らずの人に助けて貰ったことを思い出した。
「私はローズです」
瓶を手ににっこりと名乗った。
「あぁ、ありがとうローズ」
嬉しそうに礼を言った。これで外に出られる。
「ローズちゃんは大賢者で上古の探索者なんだよ」
ここで黙っていたピエロが余計なことを口走るが、ローズは全く迷惑な顔をしていなかった。いつも名乗っていることなので。
「へぇ、わたしはエベレ。一応絵描きをしている」
感心しながら名乗り、灯りを輝かせてから握手を求めた。
「すごいんですね」
手を握りながら興味と関心の目でエベレを見上げた。
「そうでもないさ」
エベレは少し照れながら言い、握手の手を離した。
「エベレの絵を見たら安らげるよ」
ここでまたピエロの突っ込みが入り、ローズの気を引くが、間髪入れずにエベレの言葉がかぶさる。
「それより、ローズも明日のためにここに来たのか?」
かぶせたのは別の話題だった。話すのが嫌なのかただ照れているだけなのかは分からないが、ローズの興味に応えなかった。
「えぇ、とても興味深いことだから」
ローズもあえて聞くことはなくエベレの質問に答えるだけだった。
「そうだな。想像力をかき立てられるからな。わたしも本当なら同業者のピィーツと来るつもりだったんだが、向こうが忙しくて一人で。だから、会えて良かった」
うなずきながらも街に残って忙しくてしている知り合いを思い出していた。帰って話を聞かせたら羨ましそうにするだろうと心で笑った。
「本当に」
ローズもこの新しい出会いに感謝する。出会いがあるからこそ旅をする価値があるのだ。
「良かったらあとでわたしの部屋で旅話でも」
「ぜひ」
エベレがどのような絵描きなのか興味があったローズは彼女の申し出を快く受けた。
「それじゃ、また」
灯りを得たエベレは宿を出た。
彼女を見送ってからローズは部屋で休むことにした。
「はぁ、疲れた。今回はいろいろあったし」
部屋に入るなり、ばったりとベッドに座り込んだ。
今回は何かと忙しかった。美しくも恐ろしい幻想溢れる地下図書館に歴史の大家に見せて貰った百年ごとに刊行される本。他にも様々な場所を訪れて時間をたくさん使った。そのことについては後悔はしていない。旅には予測不可能なことはつきものなので。
「もうそろそろ夕方だし」
物思いから目覚めてゆっくりと立ち上がり、いつものスーツケースを持って部屋を出た。
カウンターはすっかり無人だった。ピエロも食事に出掛けたのかもしれない。
ローズは灯りを持って外に出た。
外に出ると空は黄昏色に染まりつつあったが、相変わらず通りは眩しいほどの光が並んでいて夕暮れ特有の切なさは微塵も感じなかった。
食事は近くの店で済ませ、早々に宿に戻った。
「もう休もうかな」
宿に着き、無人のカウンターを素通りし、部屋に戻ろうとした時、出入り口の扉が開き、エベレが現れた。
「あ、エベレさん」
振り向いてエベレを迎えた。
「ローズも外に?」
「夕食を食べに」
エベレの質問に答えた。答えを聞くなりエベレは約束したことを口にした。
「そうか。わたしも食事が終わったところだ。よかったら少し話でも」
「ぜひ」
ローズは彼女の申し出を嬉しそうに受けた。
二人はエベレが宿泊している部屋に移動した。
「へぇ、いろいろあるんですね」
室内は絵描きらしく様々な画材や下書きらしき紙が転がっていた。旅のためか出来上がっている作品はほとんど無かった。
「まぁね」
素っ気なく答えつつ、テーブルにある画材や紙を床に移動した。
「これって眠ってる絵ですか?」
床に転がっている下書きの紙を一つ取り、まじまじと見た。
描かれていたのは静かに目を閉じた髪の長い女性だった。下書きのためか白黒の絵だったが、その絵の持つ雰囲気は感じることができた。安らかで静かなものを。
「眠ってるんじゃなくて安らかに死んでる絵」
エベレはとんでもないことを隠すことなくあっさりと言った。
「死んでる絵? 珍しいものを描くんですね」
絵の題材にするにはあまりにも暗すぎることと絵があまりにも自然で美しいため驚いた。
「まぁね。でも、この瞬間が一番きれいだと思うからずっと描き続けてるんだ」
驚かれることに慣れているのか気を悪くすることなく言った。
「そうなんですか」
うなずきながら拾った絵をまた見た。
「……昔、花の都で見知らぬ女性の花葬(かそう)を見かけてそれがあまりに美しい死に顔で、死とはそういうものだと思ったんだ。心が安らぐものであるんだと」
答えるエベレは遠い瞳をしていた。言葉にしたものだけではない多くの何かがまだあるようにローズには思えた。ちなみに花葬は花で包んで死人を見送ることで歌の都の歌で死んだ人を見送る歌葬(かそう)とは別である。呼び方が似ているため花送り、歌送りと呼ぶ時もある。
「……そうですね」
ローズはただうなずくだけで何も言わなかった。
「わたしのことばかり話しても仕方が無いな。今度はローズの話を聞かせて欲しい」
現実に戻ったエベレは椅子に座り、訊ねた。ローズもずっと立ったままだったことを思い出し、絵を床に戻してから椅子に座った。
「と言っても人に話せるほどのものは持ってない。けど、旅をずっとして思うのは自分はやっぱり旅人だと」
旅の空の下、いつも思うことを話した。
「それはどういう意味だ?」
妙な言葉に説明を求めた。
「私はいろんなことを聞いて見たり出会ったりするけれど、それはその瞬間だと。聞いたり見たりするものはその時のものでその先に起こったことは全部後で知ることになると」
思い出すのは様々なこと。知り合いの街で事件が起きても知るのは後のこと、何があっても自分が知るのは結果ばかりで何もできないということ。
「出会った人も次会う時、必ず会えるわけじゃない。そう思うと切なくなるけど、旅だけはやめることができない」
もうこの世にいないある女性を思い出していた。きっと会えると思っていた。会えなくなることなど今まで想像していなかった。会えた日があれば会えなくなる日もある。それは普通のことなのに実感するのはそういうことに遭遇してからだ。
「わたしも何があっても絵を描くことだけはやめれない。そういうものだ」
少し切なそうな顔をしたローズを元気づけるためか明るく言った。人にはそれぞれやめられない自分に合ったものがある。ローズには旅でエベレには絵のように。
「そうですね。もう、行きますね」
少し元気になったローズは笑みを浮かべ、部屋を出た。
「あぁ、明日が楽しみだな」
出て行くローズを座ったまま見送った。
「そうですね」
部屋を出る前にもう一度、振り返ってから出て行った。
部屋に戻ったローズはすぐに休むことにした。お楽しみの明日のために。
翌日は青い空に白い雲という良いお天気だった。それだけならどこの街にもある風景だが、この奇怪な街は違っていた。
「さてと、さっそく外に行きましょうか」
携帯食で朝食を済ませ、しっかりとスーツケースを手に一階に下りた。
「あ、ローズちゃん。よかったら表通りまで一緒に行かない?」
一階のカウンターにはピエロがおり、ローズが降りて来るなり嬉しそうに側に来た。
「いいけど、大丈夫なの?」
空になったカウンターを心配そうに訊ねた。
「大丈夫だよ。行こう行こう」
いつものことなのか軽く答え、ぬいぐるみを持っていない手でローズの腕を掴み、外に出た。
「うん」
ピエロの勢いに負けてそのまま二人は外に出てにぎやかな表通りに向かった。
外は相変わらずの明るさだが、いつもと違うのは行き交う人々がいつも以上に多いことである。
「さすがに」
ローズはいつもと少しばかり違う街の風景に言葉を洩らしてしまった。
よく見れば行き交う人々の中には住人ではない人々がちらほらと見かけることができる。
「うん。今日は灯りがあっても幻が消えない日だもんね。明日もかもしれないけど」
ピエロも同じように感動していた。今日は幻が灯りで消えない。幻の日、特別な日、消えずの日など様々な名前が付けられている今日を楽しむためにわざわざ遠方からやって来る人もいる。
そんな日が何日も続くこともある。通例では以前起きた日に起きるが、例外もあったりする。今回は前回が一日だけだったのでとても人が多い。
とにかくそんな不思議な日が今日なのである。
「それじゃ、また宿で」
ピエロはローズから手を離し、さっさとどこかに行ってしまった。
「どうしようかな。とりあえず」
ピエロを見送った後、ローズは適当に街を見て回ることにした。
「本当にどうしてこんなことが」
来る度に思う疑問が口から洩れる。
上古の探索者として様々な場所を訪れたことがあるのでこの世界には謎なことが溢れていることはよく知っているが、答えを求めずにはいられない。
ローズと似たような人々がどこかしこにもいる。
本当ににぎやかな日である。
「あれは」
しばらくしてローズの足が止まった。
彼女の視線の先には見覚えのある人物がいた。
マゼンタのおだんごにゆったりとした服装。観光客なのか見て回っている様子。
間違いなくあの人だ。よく考えれば、来ていてもおかしくない。
ローズはその人物を追いかけ、名前を呼んだ。
「ハカセ!」
声は届いたらしく相手は足を止め、振り向いた。
「……ばら姫。あなたも来ていたんですね」
一瞬、驚いた様子だったが納得したような表情に変わった。
互いにこの街にいるとは思いもしなかったようだが、考えれば有り得ることだと思ったようだ。
「えぇ、今日は特別な日だから。あなたも?」
ハカセの言葉に楽しそうに答え、挨拶代わりに訊ねた。
「はい、昨日から。なかなか面白いですよね」
「本当に。それでハカセはまだいるの?」
予想通りの答えを聞いた後、不思議な風景に目を向けた。
同じ思い人の世界に存在しているというのにこんなにも不思議な場所があるのかと訪れる度に思う。
「いいえ、一度宿に戻ってから帰ろうかと。もしかしたら明日も続いているかもしれませんが」
ローズの期待のこもった言葉は少し残念そうに裏切られた。
もしハカセが良い返事をしていたら一緒に街でも回ろうと考えていたのだ。ローズにとってハカセは一番の話し相手で頼りになり楽しい人だから。
「そう、また今度」
「あなたも」
二人はここで別れるも長い別れになるとは思っていない。
またいつものようにハカセの家を訪問しようと思っているローズ。そんなローズを楽しみに待つハカセ。互いに会える日が必ず来ると信じているのだ。
「さてと、どうしようかな」
ハカセを見送った後、すこしつまらなさそうにため息をついてから歩き出した。
ハカセを見つけた時、一緒に街を見て回れると思っていたので当てが外れて少し残念でたまらない。それでも楽しまないわけにはいかないのでそれなりに楽しんでから宿に戻った。
宿に戻っても誰もいなかった。まだピエロもエベレもこの特別な日を楽しんでいるようでローズは一人明日の出立のためにゆっくりと準備と休養をしていた。
どんなに不可思議なことが起きようと夜は訪れ、朝が来て一日というものは始まる。
「それじゃ、また」
出発の朝。いつもの旅のように目覚め携帯食で食事を終わらせ、カウンターに立つピエロに部屋の鍵を返す。結局、最後までこの宿の主に会うことができなかった。
「うん、元気で」
少し寂しそうに鍵を受け取り、宿帳に出発日を記入する。
出て行くローズを見送ろうとした時、思わぬ人がやって来た。
「……もう、行くのか」
下で別れをしているのを聞きつけたのか、エベレが急いでやって来た。そんな彼女の手には一枚の小さめの厚紙があった。
「行きたい所がいろいろあるから。それより、それは?」
エベレにも別れを言うことができて良かったが、彼女の手にある物が気になって訊ねた。
「灯りをくれた礼に。機会があれば星霧街にも来てくれ」
絵を差し出した。これを渡すためにローズの部屋に行こうとした時に階下から二人の声がしたので急いで来たのだ。
「えぇ、機会があれば。それよりこれってエベレさんの絵?」
笑顔でエベレに答え、受け取った絵をまじまじと見た。
そこに描かれていたのは、花に包まれて静かに目を閉じている少女の姿。その少女の姿にとても見覚えがある。
「あぁ、ローズの姿を使わせて貰った。気味が悪いかもしれないが」
うなずき、絵を見入って反応が返ってこない彼女に言った。自分の描く絵の傾向だけに少しばかり気にしている様子だが。
「とても素敵です。ありがとうございます。それじゃ」
絵から顔を上げ、礼を言ってから大切にスーツケースに入れてから本当に宿を出発した。
今度は道を照らす灯りを持って。
宿が建っている裏通りを抜けてからふと足を止めた。
「さぁ、次はどこに行こうかな。ハカセに会いに行こうかな。その前に大賢者の君とか魔女とかにも会いたいなぁ。せっかくだから星夜(せいや)街とか星霧街(せいむがい)に行ってもいいし。また、出会いがあるかもしれない」
これからのことを考えた。エベレに旅に抱くことを話したせいか今はとても誰かに会いたい。会いに行こうと思った。会わなければ、会えなくなるかもしれない。そう思うと自然と急いでしまう。
有り得ないことが有り得るこの世界、思った時に思ったことをしなければ、望まない有り得ないことが起きるかもしれない。それをよく知っている上古の探索者は旅を急いだ。
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