上古の探索者と花を生む者
 
 
 この思い人の世界には様々な街がある。歌が満ちている街、歴史が眠る街、呪術師の聖地、知識を尊ぶ都。大賢者でありながら上古の探索者ローズは思跡の国の下部に存在する咲き誇る蕾の国、地図ではフロルボンと記されている大陸に存在するフロミアという右下に位置する街を訪れていた。多くの人が花の都と呼ぶ街。
 
「年がら年中咲き誇ってる」
 6歳ぐらいの外見をした少女は街いっぱいに咲き誇る花々に目を向けていた。
 花が咲いていない場所を探す方が至難の業と思えるほどのにぎやかさ。通りには花に関係する店ばかりが建ち並んでいる。
「いろんな花の匂いが混じって鼻がおかしくなりそう」
 この街に漂うのは朝の爽やかな純な空気の匂いではなくむせ返るようなたくさんの花の匂い。
「……どうしようかな」
 何の目的もなくこの街を訪れたのでこれからのことに少し困りつつも足は止めない。
 彼女にとって旅そのものが目的であり、生活そのものなので焦ることはない。
「とりあえずいろいろ見て回ろうかな。旅暮らしだから花を買うことができないのが少し残念だけど」
 とりあえず観光を始めた。
 
「……これって」
 ローズが目を留めたのはにぎやかな通りから少し外れた場所に建つ露店の前だった。
「いらっしゃいませ」
 元気にローズに声をかけたのは11歳ぐらいの外見をした少年だった。
 頭には緑色の葉っぱ柄の布を被っていてそれを薄ピンクの花の留め具で留めている。袖の無い服を上に着、下に半袖を着ている。腰にはウエストポーチがあり、ベルトの所に花の装飾品が垂れ下がっていた。サンダルを履いていて愛嬌のある顔をしている。
「……もしかして造花ですか?」
 色とりどりの花に心を奪われ思わず触れた。
 その瞬間、妙な感覚が伝わった。生ものが持っている水分を含んだ瑞々しさを感じないのだ。見た目にはこの街に溢れる花と何も変わらないのに。
「そうです。 僕が作った花を売っているんです」
 少年は胸を張って答えた。店頭に並ぶ花々にとても誇りを持っていることが見て分かる。
「すごいですね。最初、本物だと思いました」
 ローズは素直に感動を口にした。
「ありがとうございます」
 少年は嬉しそうににっこりと笑った。
「本当にすごい」
 ローズは適当な花を手に取り、まじまじと花を見た。見た感じでは本物と区別がつかないほど細かく現実的で匂いさえも香るのではないかと錯覚してしまうほど。造花だと分かるのは感触だけだ。
「そうでもないですよ」
 あまりにも誉められて少年は少し恥ずかしそうにした。内心は嬉しさでいっぱいだろうが。
 ローズは花だけではなく、花を使った装飾品にも目を向けた。髪飾りや胸飾りに指輪に鞄などに付ける飾りなど花が使える物は何でも並んでいる。
「これを」
 ローズが購入を決めたのは一輪の赤い薔薇。髪留めにまで使うほど大好きな花である。
 店には花だけではなく髪留めやブローチなどのアクセサリーも並んでいた。
「はい。ありがとうございます」
 礼を言って代金を貰う。
 その時、ふとローズの髪留めに目が行った。
「その髪留めはもしかして」
「えぇ。シュリッシュの物です。この職人が作る花がとても好きで」
 少年がおそらく思っているだろう答えを口にしてにっこり笑った。
「僕もあの人の作品はとても好きでこれとかこれもそうなんだ」
 少年は頭の布と腰の装飾品を指しながら答えた。
 自分と同じものを好きだというだけで妙な親近感を抱いた二人。
「僕はアイル、花を生む者。君は?」
「私はローズ。上古の探索者をしてる大賢者」
 互いに名乗り合った。
「シュリッシュは本物以上に美しい花を作ることで有名だからね」
「とても綺麗なのよね」
 二人が言うシュリッシュとはアイルと同じ造花職人である。彼の生み出す花は百華の煌めきと言われ美しく優雅で本物の花がかすむほどだと謳われている。造花だけではなくアイルの布や髪飾りなどの細工物、花に関係するものなら何でも関わっている。そのどれもが高い評価を受けている。
「よかったら夕食を一緒に食べない?」
「えぇ、ぜひ」
 まだまだ話し足りない二人は夕食を共にすることにした。
 夜までには時間があるので二人は約束だけをして別れた。
 
 空に青と夕暮れが混じり始めた頃、二人は約束の場所で会い、近くの飲食店に入った。
 話しの続きは注文した食事が来てから始まった。
「アイル君の作る花は生きている花のようね。力強さとか瑞々しさを感じるもの」
 足元のスーツケースに入っている薔薇のことを思い出しながら言った。
「ありがとう。僕は生きている花と紛うほどの物を作りたいと思ってるんだ。造花が造花じゃないといけないことはないからね」
 アイルは自分の信念を話した。
「私も最初見た時は本物だと思ったし」
 ローズは本物と間違えた時のことを思い出して少し笑った。
「ありがとう。でも僕の思いを分かって買ってくれる人は少ないんだ。造花は枯れないからお墓に添えるにはいいってことで買って行く人の方が多いんだ」
 少し複雑そうな顔で答えた。自分の作品が売れることは嬉しいことだが、自分の思いが必ずしも通じているわけではないということが寂しい。
「そうかもしれないけど、目指していればいつかは辿り着けると思うよ」
 ローズは旅人らしいことを言った。どんなに遠い場所でも信念一つで彼女は辿り着くことがたくさんあった。だからこその重みが言葉にあった。
「うん、そうだね。ありがとう」
 アイルはにっこりと笑った。とても嬉しそうに。
 それからも食事をしながら二人は何かと喋り、楽しい時間を過ごした。
 
 食事を終えた二人は店を出るなり、ローズは一番に訊ねた。
「アイル君はずっとここに?」
「ううん。気が向いたらここを離れようと思ってる。元々、ここに住んでたわけじゃないし」
 アイルは花に溢れている通りを眺めながら答えた。
 毎日、店に立つ度に他の街で自分の作品を試したい思っているが、忙しい毎日に時間を追われて動けなくなってしまうのだ。
「それじゃ、またどこかで会うかもしれないのね」 
 これが終わりの出会いでないことに嬉しくなってローズは笑顔になった。
「うん。その時はまたよろしく」
 アイルも嬉しそうにうなずき、別れと再会を願う手を差し出した。
「こちらこそ」
 しっかりと手を握り、再会を願った。
 握手を終えた二人はここで別れた。
 夜の闇が訪れるには少し時間がある。上古の探索者はゆっくりと青と黄昏色が混じり合った空の下、街を出て行った。