子猫とお喋りな占い人
 
 
 外見と中身が必ずしも一致するとは限らない不思議な世界、トキアス。人々は様々な思いを抱き、思い人の世界と多くの人は呼ぶ。
 最近、賢人の都や呪術師の都で起きた騒ぎが解決し、少し経った頃。
 人々は昨日今日と同じ静かな日常を過ごしている。
 そんな中、気まぐれな観光客がある街を訪れた。
 
 ここは三方を大陸に囲まれた島ハクセイユ。先見の民が多く住まうと言われていた名残なのか多くの人は儚い者の国と呼ぶ。
 その国の右上部の突き出た場所に存在する街クルンドル。占い人が多く住まう場所で星霧街(せいむがい)、占い人の街など様々に呼ばれている。
 
「賑やかだなぁ」
 観光として訪れた少年は通りに並ぶ占いの店々を眺め歩きながら言葉を洩らした。通り名の通り街の半分以上が占いの店だったりするこの街は様々なことに迷う人々で溢れかえっている。
「さてとどうしようかな」
 ふと足を止めて少年は朝の爽やかな空を見上げた。
「占って貰うのも面白いかも」
 視線を占いの店に戻し、薄く笑った。
 そして、適当な店に入ろうとした時、横からキンキンと甲高い声が彼を止めた。
「へぇ、面白いねぇ。目の色が両方とも違うなんて」
 興味に満ちた声と共に一人の子供が少年の前に現れた。
 10歳ぐらいの外見に右の横髪が外側に跳ね、両側を三つ編みにしている。首にはチョーカー、薄手の長袖に布を垂らしたスカートのような物を履き、ショールを纏っている。足元は涼しげなサンダルである。愛嬌のある顔をしているが、そこから性別を読み取ることはできない。
「もしかして違い目の民?」
 子供は無遠慮に少年を上から下に舐め見た。
 6歳ぐらいの外見に薄手の長袖に半ズボンとサンダルという軽装、艶やかな髪を後ろで一つに結んでいる。特徴的な目は右目が紫で左目が黄色をしている。それが彼の身分証明となるもの。
「そうだよ」
 少年は口元を歪めて答えた。
 違い目の民とは言葉通り目が色違いになっている者である。彼らはどんな者よりも賢く呪術の力が飛び抜けて強く色違いの目は底知れぬ力が宿っている証であると言われている。
 しかし、近年姿を見る者がいなかったため彼らは滅びたと言われていた。その理由には様々なことが囁かれていた。色違い目のための迫害で滅びたとか巨大な力のためだとか本当に様々に確実性のない説ばかりが踊っていた。
「へぇ、すごいな。あ、まだ名前を言ってなかったね。ティアットだよ。よろしく」
 子供は人懐っこい笑顔を浮かべながら名乗った。
「ボクはキャッツ」
 少年もつられるように名乗った。
「キャッツはこの街に何しに来たの? 占って貰うため?」
 ティアットは人懐っこい笑顔のまま次々に質問を投げかける。
「ただの観光だよ。占いもいいかなと思ってたけど」
 当たり障りのない答えで対応した。自分が起こした事件について知らないのにあえて知らせる必要は無いので黙っている。
「へぇ、こっちに来たばかりだよね」
 キャッツが街の入り口の方から来ていたのを思い出していた。
「そうだけど」
「だったら、案内したげるよ。知ってる占い人の所にさ」
 キャッツの返事を聞くなりティアットは彼の腕を掴んで案内をするべく歩き出した。
「……あっ」
 ティアットのいきなりの行動にさすがの彼も慌てるが腕を払うことはせずにそのままついて行った。
 
 案内されたのは賑やかな通りに並ぶ小さな喫茶店。屋外の席もあり、爽やかな空の下お茶を楽しむ人で賑わっている。
「おーい、ツォーラル」
 ティアットが声をかけたのはのんびりとお茶と読書を楽しんでいる一人の子供。
 12歳ぐらいの外見の少年で左の横髪を結んでいる。首にはチョーカー、右足首にはしゃれた装身具をつけている。左右にポケットがついた上着に下には長袖を着ていて半ズボンとサンダルを履いている。顔立ちも服装も地味だが、聡そうな目をしている。
「……ティー」
 ツォーラルと呼ばれた子供は本から顔を上げてやって来る友人を迎えた。
「お客さんだよ。キャッツを占ってあげてよ」
 引っ張って来たキャッツをツォーラルの前の席に強引に座らせる。
「……キャッツ?」
 自分の目の前に座っている綺麗な色違いの瞳を見つめる。
「違い目の民なんだよ。すごいよね」
 友人がキャッツの目に興味を抱いていることに気付き、感心を口にする。
「……違い目の民」
 ツォーラルは静かな目で色違いの目を見つめた。そこに隠されている何かを探ろうとしているかのように。キャッツはその占い人の探り目を面白そうに見ている。
「で、どう?」
 真剣なツォーラルの気を削いだのはティアットの気楽な声。
「構わないよ。予定も無いし。それで君は占って欲しい?」
 真剣な表情を和らげて訊ねた。
「占ってくれるなら頼もうかな。何か面白そうだし」
 キャッツは興味津々で答えた。知られて困るようなものは何も無い。それに占いは占い。これまでのことが正確に分かる訳がない。
「じゃ、ツォーラル」
「始めようか」
 ティアットの言葉でツォーラルは本を閉じて服の右ポケットから布袋を取り出した。
「これを」
 袋の中から出したのは三つの小さな秘石。
「綺麗な秘石だね」
 ツォーラルに渡され、手の平で輝く三つの石を見る。
 赤、青、透明。どれも濁りのない美しい輝きを宿し、不思議な力を感じ取れる。
「……それをどちらの手でもいいから握り締めて頃合いだと思ったらこの布の上に転がしてくれたらいい。そこから読み取るから」
 指示をしながら左ポケットから正方形の布を取り出し、テーブルに敷いた。
 布には持ち主にしか分からない様々な幾何学的な文字や紋様が描かれている。
「分かったよ」
 秘石を受け取った右手のまま握り締めてからゆっくりと布の上に転がした。
 それぞれ石は三方に散らばっていく。
 そのまま普通に石が辿り着いた文字や紋様を読み取って終わりかと思われた中、思いも寄らぬ事が起きた。
「あっ」
 一番に声を上げたのはティアットだった。
 赤い秘石が小さな音を立てて真っ二つに割れてしまったのだ。
「石にひびが入って割れることはこれまでなかったのに」
 ツォーラルは眉を寄せながら割れた石を指でなぞった。
「それぞれに意味があったりするのかい?」
 赤い石で頭がいっぱいになっているツォーラルに呑気に訊ねた。
「あるよ。この青色は悲しみで透明なのが喜びでこの割れた石は……」
 三方に散った石を一つ一つ指を差しながら説明していくが、赤い石になると口ごもってしまう。
「危険を示すんだよ。ねぇ、割れたということはどういうこと?」
 ツォーラルの代わりに説明したのはティアットだった。あまり良い結果でないことは明白だが、結果を促す。
「……この先、危険な何かに遭遇するか、君自身が危険な存在となるか。割れたということは尋常ではないことだと」
 言葉を選びながら自分が感じ、読み取った事柄を間違いなく伝えようとする。
「……危険な存在かぁ」
 キャッツは思わず口元の端に笑みを浮かべてしまった。占いも馬鹿には出来ないと。ちょうど危険な存在になってからこの街に来たのだから。
「それでこの青色は……」
 ツォーラルは青色の石に触れながらゆっくりと結果を読み取っていく。
「何か目指しているものや希望はあるだろうか?」
 石から顔を上げ、キャッツに訊ねた。
「知りたいことはあるよ」
 あっさりと答えるも詳細は口にはしない。詳しいことは訊ねられていないのだから答える必要は無いと思って。
「その知りたいことを知るにはかなりの労力がいるようだね。行動と思考を慎重にしなければ何も手に入れることができないかな」
 キャッツから再び青い石の方に視線を戻し、ゆっくりと読み取っていく。自分の言葉に間違いが無いように慎重に。
「へぇ、それでその透明なのは?」
 少し感心して最後の石の結果を促した。
「……知りたいことが知ることができるともできないとも出ていない」
 少し間を置いて絞り出したのは占いの結果にしてはどっちつかずの答えだった。
「じゃ、どういうことかな?」
 あまりにもはっきりしない答えの解釈を迫った。
「その曖昧であることが一番いい状態ということかもしれない。知りたいことが分かればそれまで。それが望んだものとは限らないかもしれない。知ることが出来なければ言うまでもなくがっかりになってしまう」
 ゆっくりと言葉を選びながら占い人としての自分の解釈を述べる。
「そのどちらでもない状態が一番の幸せなのかもしれないと」
 透明の石に触れながら結果を一つにまとめ、キャッツに伝える。
「ふぅん。確かに探している今の方が楽しいかもしれない。でもどちらとも出ていないということは望みがあるということかな」
 神妙な顔でうなずき、占い人に訊ねた。
「……そうかもしれない」
 かなりの間を置いて答えるが、明確さはなく推量での答え。
「ふぅん」
 自信なさげの返事に微妙な顔になり、割れていない二つの石を片付けているツォーラルを見た。
「大丈夫だよ、キャッツ。きっと望みは叶うよ。結局、占いは当たりも外れも人が何を信じるか信じないかが大切なんだから」
 友人を眺めるキャッツが落ち込んでいるように見えたティアットは思いっきり励ます。
「……確かに」
 別に落ち込んでもいないが、ティアットの言葉にも一理あるので適当にうなずいた。
「よぉし、もう一つとっておきの場所に案内するよ」
 自分の言葉で元気になったと勘違いしたティアットはキャッツの腕を掴んで強引な案内を再開した。
「後でね、ツォーラル」
 キャッツの迷惑そうな顔にも気付かず、友人に挨拶をしてからとっておきの場所へと引っ張って行った。
 
 キャッツが案内されたのは街を一望できる小高い丘に建つ立派な屋敷だった。
「ここがこの街一番の占い人の家だよ」
「……この街一番」
 ティアットの案内を耳に入れながら悠然と建つ屋敷を下から上へと見上げる。
 なかなか立派な屋敷だが、人が中にいる気配が全くしないのが気になる。
「そうだよ。でも、主がこの屋敷にいることはほとんどいないし、姿を見た者は誰もいないそうだよ」
 屋敷の方に目を向けながら少し残念そうに住人について話した。
「キミも?」
 ティアットの残念そうな雰囲気から察して訊ねる。
「うん。見たことない。占って欲しいことをその郵便受けに入れておくとしばらくして結果が自分の家に届くんだよ。紙には占って欲しい内容の他にね、必要な情報も書いておくんだよ。自分の名前とか住所とかいろいろ」
 玄関の郵便受けを指さしながら説明する。
「へぇ。その噂の郵便受けには何も紙を入れろとか注意書きは無いね」
 キャッツは興味深そうに郵便受けを眺めるが、普通に見ただけだとただの郵便受けで占い受付の箱にはとても見えない。
「噂のように広まったんだよ。誰が最初にしたのかは分からないけど」
「ふぅん」
 郵便受けを眺めるキャッツの横に立ち、説明にならない説明をする。
 聞いているキャッツは適当に流し、郵便受けから屋敷にまた視線を戻した。
「街一番だから街の同じ名前で呼ばれてるんだ。星霧堂って。本当の名前さえ知らないし。街の人もこの屋敷の主もそう呼んだり名乗ったりしてる」
 姿を見せないということは名乗っていないということだが、誰もそんなことは気にしていない。名乗っていなければ適当に呼び名をつければいいのだからと。
「……星霧堂かぁ。会ってみたかったなぁ。さてともうそろそろこの街を出てどこかに行こうかな」
 呼び名から主を想像する。どんなすごい人がここに住んでいるのかと。あの偉大な呪術師や魔女と会った時のように楽しめるのか自分の心が命じるその先を教えてくれるだろうかと様々な感情が溢れ、一瞬だけ瞳に狂気を浮かべるもすぐに消えた。他人から答えを聞かなくても分かっているはずだと。自分はただ心が命じるままにやるだけだと。
 そして、彼は街を出ようと出口に向かって歩き出した。
「だったら出口まで行くよ」
 キャッツのことをただの観光客としか知らないティアットはただ別れがたく出口に向かう彼の横に並んだ。
 
 出口に向かう道々、横を歩くティアットにふと思いついたことを訊ねた。
「ねぇ、キミは占いはしないのかい?」
 ここは占い人の街で住んでいる人で占いをしない人は少ない。
 だからこの子供も占い人であってもおかしくはない。
「しないことも無いよ。道具もあるし」
 そう言ってスカートのポケットから布に包んでしっかりと紐で結んだカードの束を出して布の中身をキャッツに見せた。
「へぇ、綺麗な絵だねぇ」
 カードに描かれた絵はさすがのキャッツでも言葉が洩れるほどの美しさ。
 様々な濃淡の青色で彩った美麗な絵。枠に収めているのがもったいないほどの美しさで絵の下には古の文字が書かれている。読み解くための手助けなのだろう。
「一番のお気に入りなんだ。でも占いをすることは少ないかな。占いよりも誰かとお喋りする方が楽しいし。それに向いていないとか言われるし」
 カードを片付けながら語るその表情は愛らしいにっこり顔でキャッツが何者なのか疑う様子もない。
「そう言えば賢人の都とか呪術師の都で最近何か遭ったみたいだね」
 ふとたわいのない話の話題に最近起きた事件のことを口にし始めた。
「何かって」
 興味に駆られたキャッツは訊ねた。
「……本が盗まれたりとか呪いが大変だったとか」
 声を落として聞かれてはいけない秘密の話でもするかのように語った。
「ふぅん。犯人は?」
 あまりにも滑稽な質問をする。犯人も何も自身が犯人だというのにあまりにも遊びが過ぎる。
「さぁ、分からない。知ってる人は知ってるんじゃないかな。星霧堂は知ってると思うよ。きっと」
 ティアットも犯人が目の前にいるとは思わず真面目に彼の質問に答えた。
「へぇ」
 少しばかり星霧堂に興味を抱きながらうなずくだけで自身の正体は口にしない。
「さてと、ボクは行くよ。楽しかったよ」
「うん、気を付けてね」
 いつの間にか二人は街の出口に来ていたようでキャッツはにっこりと含みのある笑顔で別れを言い、ティアットは可愛らしい笑顔で答えた。キャッツの姿が見えなくなるまでティアットは見送っていた。
 見送りが終わったら今頃困っているだろう友人の所に急いだ。何か手助けをするために。
 
「ツォーラル!」
 ティアットは別れた時と変わらずキャッツの占いをしたままの状態である友人に声をかけた。
「……ティー」
 ゆっくりと割れた秘石から顔上げ、友人を迎えた。
「どう? 秘石は」
 ツォーラルの向かいの席に座りながら訊ねた。どう見ても道具として使えないのは明らかだがもしかしたらという期待を少し抱きながら。
「新しい物を見つけるまで占いはできない」
 そう告げる声には残念という思いは無く、ただ事実を告げるだけ。
「そっかぁ」
 ツォーラルと違ってティアットは割れた秘石を大げさに残念そうな顔をして見ていた。占い道具としての秘石を探すのがどれだけ大変なのかよく分かっているのでますます顔がくしゃりとする。
「それより、あの子は?」
 ティアットの横にキャッツがいないことに気付き、訊ねた。
「街を出て行ったよ。本当に今日は楽しい出会いだったよ」
 ツォーラルに答え、くしゃりとした顔は満足そうな顔に一変した。
「……そっか」
 友人と違ってツォーラルの表情は浮かず、占いの結果に目を落とした。
「何か気になることでもあるの」
 占い人の友人が何かを感じたのか気になったティアットは少し真剣な顔で訊ねた。
「目が」
 一番に思い出すのはあの綺麗な色違いの目。あの目の奥に一瞬光ったもの。
「違い目だからね」
 ティアットは色違いであるとことを気にししていると勘違い。
「そうではなくて目の奥に潜む光が」
 ツォーラルは首をゆっくりと振り、友人の言葉を否定した。自分が言いたいのは目に見えるものではない。初めて会った時に感じた嫌な感じのことだ。その感覚は目の色だけではないような気がする。あの赤色の秘石が割れたことが意味する通りの存在ではないかと。
「潜む光?」
 首を傾げて聞き返す。ティアットにとってキャッツは今日知り合った楽しい人という認識なのでツォーラルの言葉が不思議でならない。
「いや、何でもない。それより、秘石探し手伝って欲しい」
 話題をキャッツから割れた秘石に移した。
 言葉をいくら尽くしてもティアットに自分が感じたことが伝わらないことはずっと前に分かっていることなので無駄なことをやめた。
「もちろん、手伝うよ」
 元気な調子で答えた。
「ありがとう。じゃ、明日から」
 いつもの調子のティアットに礼を言った。
「分かった。それじゃね、ツォーラル」
 椅子から立ち上がり、元気に別れを言ってどこかに行ってしまった。
 
「……ティーは信じ過ぎるんだ。全てが全ていいものというわけじゃないのに」
 元気に行ってしまうティアットの後ろ姿を見送りながらぽつりと呟いた。
 ティアットに占い人に向いていないと言ったのはツォーラルに他ならない。あの人懐こく誰にでも笑顔を振りまく姿を見ると少しは疑うべきではと思う。
 今日、出会った違い目の民が本当に楽しい出会いとは限らない。ツォーラルにはそう思えた。それを言葉にしたとしてもただの空気になってしまうから口にはしない。
 
 ツォーラルはゆっくりと占い道具を片付け、読書を再開した。