焔と緑樹
賢き者が住まう都、賢人の華の都、公的名ではラキアセルと記されている場所である。呪術を扱う呪術師を快く思わない者もいる。しかし、それは一部である全てではないので大部分の人は気にはしていない。
そんな都にもいつもと変わらぬ時間が流れていく。
午後の陽光を浴びる静かな図書館。
分厚い本を持ち、憮然と立っている青年がいた。
18歳ぐらいで肩まである金髪を無造作に後ろで縛り、細められた青い色の瞳は知的に光っている。
「……」
ぱらぱらと分厚い本のページをめくり続けた末、彼はその本を閉じた。
それと同時に彼の肩に手の重さがかかった。
「やぁ、焔の大賢者!」
爽やかな声がかかる。
焔はゆっくりと振り向く。そこに立っていたのは、焔と同い年ぐらいの白色量の多い明るいレタスグリーン(若菜色)の髪を丁寧に束ね、右の人差し指に金色の指輪し、着物に近い格好をした温厚そうな青年だった。
「あぁ、お前か緑樹」
と応え、本を棚に収める。
緑樹は黄色の目にからかいを含んで、
「君は一応、大賢者なんだねぇ。いつもはちゃらんぽらんとしているのにさ」
こう言う。
「そう言うお前も賢者のくせにらしないと思うぜ」
こちらも負けずに言い返す。どっちもどっちなのに。
「ごめんごめん。それより今日は暇?」
悪びれていない様子で一応謝る。
「一応、暇かなぁ。どうした?」
何か用事でもあるのかと思いながら訊ねる。
「いやさぁ、今日は大賢者の君と一緒じゃないなぁって思ってさ。だいたいいつも一緒だろ?」
と言う。どうやら君と焔は二人で一つのように思われているらしい。
「あのなぁ、いつも一緒にいる訳じゃねぇよ。一緒にいると言ってもたまたまだぞ。あいつの方が賢いんだから当然だろう。他の奴じゃ全然、話しになんねぇんだからよぉ」
肩をすくめながら答える。少し顔色が不機嫌になっている。
「まあまあ」
焔の機嫌を取りなすように言う。
「で、どうしたんだ」
不機嫌なまま訊ねる。
「実はさぁ、実家から戻って来いっていう手紙が来てさ」
声に明るさが消えていく。
「確か、遠い人の国出身だったよな」
遠い人の国、またはフリキアはその国独特の文化や呪術などを持っている国である。
「うん、そうなんだけど。帰ったらどうせゆっくりできないよ。仕事仕事でさ」 ぼそりと言うその顔はすっかり滅入っていた。彼の実家は商品の輸入輸出をしたり本を出したり呪術師としての商売をしたりと忙しいのだ。
「大変だなぁ」
適当に流して目的の本を探すべく、棚を見て回る。
「たまらないよ。だから、今日辺り誰か来そうで落ち着かないんだ」
少し身を震わせながら言った。今日、図書館に来たのは今日返却日の本を返すためだ。そこに焔がいたのでこれは助けになると思って話したのだが。
「はぁ。で、家に戻ったら誰か居るかもしれないから泊めてくれとか?」
察しのいい焔は緑樹の目的をずばりと言い当てる。
「さすが、焔の大賢者! お願いだよ」
声が高くなり、顔の前で手を合わせ、願い込む。本当に実家には帰りたくないらしく必死そのもの。
「……仕方ねぇな。いいぜ」
根はいい人なので断ることはせず、泊めることにした。
「感謝するよ!!」
この上なく明るい顔になり、安心が顔に広がっていた。
「さてと」
目的の本が見つかったらしく手に取り、貸し出しのカウンターに行き、手続きをする。
緑樹はすっかり図書館の出口で待っている。
「しかし、オレは素直に帰った方がいいと思うけどな」
出口に立つ緑樹に呆れながら一言口にする。
「そう言うけど、大変なんだよ」
呑気者にとってはあまりにも滅入ることらしくまた顔色が曇った。
二人は図書館を出て焔の自宅に向かう。
外に出てしばらく歩いていると、突然、緑樹が焔の後ろに隠れる。
「もう、若旦那は」
二人の横を着物を着た21歳ぐらいのおだんご頭の女性が通り過ぎて行った。誰かを捜しているのか、顔には呆れと少しの怒りがあった。
「もう行ったぞ」
背後に隠れる緑樹に言った。
「ふぅ、やっぱり来てたかぁ」
ほっとしながら姿を現し、辺りを見ていないことを確認する。
「何だかなぁ」
緑樹の様子を呆れながら言う。全く巻き込まれたこっちはいい迷惑である。
「さっさと行かないとまずいなぁ。鈴奈は強引だから」
女性が行った方を見てから急ごうと歩こうとした時、ツンと袖を引っ張られて足が進まなかった。おかしいと嫌な予感を抱きつつ振り向いた。
「来てるのは鈴奈だけじゃないよぉ」
振り向いた先にいたのは7歳ぐらいの着物を着た少年だった。間延びした口調ににっこり笑顔が可愛い。
「えっ、あぁ」
少年を見るなり緑樹は途端にうなだれてしまった。
「柚奈も来てるんだよねぇ」
うなだれる緑樹を面白そうに言った。
「残念、さぁ、行くよぉ。緑(りよく)」
袖を引っ張って促した。これで仕事は完了した。
「ちょっと」
不満な顔をしながら止めようとするが、袖を離す気は全くないらしく、焔の存在に気づいても袖を握ったままだった。
「ご迷惑をかけてごめんなさい。今後とも緑をよろしく」
ぺこりと丁寧に頭を下げてから袖を引っ張って行ってしまう。
「ちょっと、柚奈!!」
足がもつれそうになって柚奈を止めようと声を上げるが止まるわけがない。
「気をつけてな」
憐れみの目で手を振って見送る。助ける気など全くない。
「焔の大賢者」
助けを求めるが、全く無駄である。
「鈴奈、いたよぉ」
再びやって来た女性に嬉しそうに声を上げた。
女性は急いで二人の元にやって来た。
「さすが柚奈。さぁ、帰りましょうか若旦那」
柚奈の頭を撫でてから空いている腕をしっかり掴み、強引に歩かせる。
「だから、僕は忙しいんだって」
聞き入れられないと分かりつつも声を上げる。もう泣きが入ってしまっている。それほどまでに帰るのが嫌なことを示しているが、誰も助けるわけがない。
「大丈夫ですよ。若旦那ならすぐに片付けて戻れますよ」
嫌味なほど爽やかな笑顔で答え、力強く腕を引っ張って歩かせる。
「だからぁ」
ちらりと焔の方を見ながらもどんどん遠ざかって行く。
「あぁ、ご愁傷さまだなぁ」
あまりにもかわいそうだと思いながら助けることはせずにどんどん小さくなっていく姿を見送るだけだ。
すっかり見えなくなってから焔はいつものように自宅に帰った。
しばらくして、焔や緑樹にそれぞれとんでもない事件に関わることになろうとは互いに思いもしていなかっただろう。
捕まった緑樹が実家に到着したのは三日後のことだった。その間の船旅は沈んだものだった。
|